久我山散人

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2005年 12月 30日

CONNIE EVINGSON「LET IT BE JAZZ」=女性ヴォーカルで年越(8)=

さて今日は久々、コニー・エヴィンソンから始めましょうか。昨日のしめくくりのために取って置いたのですが、未明からブニュエルの映画を見始めCDはお預けになっていました。アルバム名からわかるように、ジョン他ビートルズのナンバーを歌うのですがこれが一筋縄ではない。好きです。

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# by kugayama2005 | 2005-12-30 08:30 | ♪音楽の楽しみ(北中南米) | Trackback | Comments(0)
2005年 12月 29日

Nellie McKay「GET AWAY FROM ME」=女性ヴォーカルで年越(7)=

ネリマキ聴きたいな〜と発作をおこし、棚中さがしてやっと見つけましたです。今年中に新アルバムでるようなことだったけど、売ってないなあ。突如出現した稀少種といおうか。縦横無尽天才肌だけどお茶目でかわいい。今何してるんだろう、知らない。

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# by kugayama2005 | 2005-12-29 20:29 | ♪音楽の楽しみ(北中南米) | Trackback | Comments(0)
2005年 12月 29日

Sheila Majid「Sinaran」=女性ヴォーカルで年越(6)=

マレーシアのポップシンガー、シッラ・マッジ。クアラあたりのホテルで歌っているといいなあ。ジョホールバルをわたって、マレーの地へ。なんか金子光晴を思い出すなあ。寒風すさぶ中、金子光晴が単衣の着物にちびた下駄をつかっけ、吉祥寺の街を前のめりになって突っ切っていくのを、唖然として見ていたことがある。

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# by kugayama2005 | 2005-12-29 20:20 | ♪音楽の楽しみ(アジア太平洋) | Trackback | Comments(2)
2005年 12月 29日

ビョーク「ヴォリューメン」=女性ヴォーカルで年越(5)=

Bjoerk(oeはオーウムラウト=Oの上に点々)のビデオクリップ集です。妖しい少女ビョークの魅力たっぷりと申し上げましょう。中世の魔女狩りを逃れて、アイスランドに降り立ったほんものの魔女の末裔(想像)、ビョークの妖術にかかってみませんか?

アイスランド語というのがまた独特で、スカンジナビア語の祖語かとも思われますが、いわば日本の近くの島に平安時代の日本語を話す島があるような感じ。ビョークはレイキャビクで普通に暮らしているらしく、“今日街角で自転車でビョークにぶつかりそうになったよ。ぶつからくて良かった”なんていう話しらしい。

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# by kugayama2005 | 2005-12-29 19:57 | ♪音楽の楽しみ(欧州スラブ) | Trackback | Comments(0)
2005年 12月 29日

フンデルトヴァッサーの切手

オーストリア発行のフンデルトヴァッサー切手。手紙が迷子になりそうです。
“自由な自然がわれわれの自由である”と書いてあります・・・誤訳だったら誰か教えて。

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# by kugayama2005 | 2005-12-29 12:34 | ■イメージ保管庫 | Trackback | Comments(4)
2005年 12月 29日

Lisa Ekdahl「WHEN DID YOU LEAVE HEAVEN」=女性ヴォーカルで年越(4)=

この2枚は中味は同じ曲目。ジャズ歌手としてのリサ・エクダールです。ボクが初めて聴いて惚れたリサのアルバムです。なんかけっこうお化粧濃くて、ほんとのリサとはちょっと違って見えますけど、内容はいつものナチュラル系。違うジャケットがあると知って探し回ったのもゆかしい思い出です。バックはピーター・ノルダールTRIO!

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# by kugayama2005 | 2005-12-29 12:31 | ♪音楽の楽しみ(欧州スラブ) | Trackback | Comments(0)
2005年 12月 28日

Ranin「Habib Albi」=女性ヴォーカルで年越(3)=

エジプトの中村晃子(とボクが勝手に呼んでいる)ラニンです。アラブ世界から地球を見れば、ヨーロッパやアジアは辺境の地。東アフリカで誕生した人類が北上し、一部ヨーロッパへ向かい、あるいはまたもどってきた。また別の一部は紅海沿岸をめぐって東へ移動した。しかし気の利いた連中は、エジプトから黒海の間に定住したにちがいない。

ともかく濃ゆいのです。アンマンみたいな極めて洗練された街と比べて、あるいはモロッコのような目のくらむ美世界と比べて、カイロはなんとなく人間っぽい下町の風を感じます。そんななかに現れたキュートなラニンって、いったいぜんたいどんな妖精なのだろう。・・・しばらく女性ヴォーカルを聴きたくなりました。夜ごと夜ごと・・・。

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# by kugayama2005 | 2005-12-28 00:01 | ♪音楽の楽しみ(中東マグレブ) | Trackback | Comments(2)
2005年 12月 27日

Gloria Estefan「GREATEST HITS 2」=女性ヴォーカルで年越(2)=

グロリア!グロリア!どうしてキミはグロリアなんだ。グロリア!どうしてキミは英語でうたうのだ。キミがマーケティングに乗ってうたっているなんて信じたくないよ。CDから抜け出してうたってよ。たとえ今宵だけでも!

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# by kugayama2005 | 2005-12-27 06:57 | ♪音楽の楽しみ(北中南米) | Trackback | Comments(0)
2005年 12月 26日

Solveig Slettahjell「Slow Motion Orchestra」=女性ヴォーカルで年越(1)=

ノルウェーの新人ジャズ歌手、Solveig Slettahjell(名前の発音: Sul-vay Shlet-I-Yell)。新人とは言っても71年うまれ、30代で初CDを出し、この3番目のアルバムも「スローモーションオーケストラ」と題しているように、ゆっくりな方なのです。内容はすなわち大人の女です。ある部分わかりやすく、ある部分難解。・・・これでジャズ聴くのがまた楽しみになってきた。演奏も最高の布陣。

さて、彼女の名前ですが、日本語版にはスールヴァイグ・シュレッタイェルと書かれていますが間違えです。ノルウェー人名のSolveig(よくある女性名)の最後のGは発音しないのであります。あの有名な“ソルヴェーグの歌”(グリーグ)も間違えです。ソルヴェイかソルヴァイです。ちなみにポップスのSolveig(両親がノルウェー・デンマーク人)はソルヴァイかソルバイと表記されています。

<ACTのプロフィール:http://www.actmusic.com/solveig_bio_e.htm

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# by kugayama2005 | 2005-12-26 00:23 | ♪音楽の楽しみ(欧州スラブ) | Trackback | Comments(3)
2005年 12月 25日

「ローラーとバイオリン」(DVD)(タルコフスキー18)

ローラーというのは、ロードローラーというのでしょうか。工事現場などで土をならす自動車です。経済成長下の日本にも至る所で道路を踏み固めていました。ソ連でもきっとそうだったのでしょう。

バイオリンを習いに行くエリート家庭の少年と、ローラーで一日土木作業をしている青年の交友の話。映画学校の卒業制作。このころからあのローアングルで滑るような気の長いカメラワークを使っています。

・・・今まで書いてきた映画以外に、習作1本が見つかっているのですが見ることができません。

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# by kugayama2005 | 2005-12-25 20:09 | ■映画の楽しみ | Trackback | Comments(0)
2005年 12月 24日

「僕の村は戦場だった」LD(タルコフスキー17)

タルコフスキーのなかでは唯一明快な(?)映画だけれど、それもそのはず、途中で放棄された企画をタルコフスキーが完成させたものと聞きますが、しかしそれでもいかにもタルコフスキーでないとこうは撮らない、という映像に充ち満ちています。

そういう意味では、他の映画よりもタルコフスキーの手法というものをくっきり見ることができる。家(壁や塀)、火、水、犬という形象を軸にタルコフスキーを再度後日見てみたいとおもう。

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# by kugayama2005 | 2005-12-24 09:25 | ■映画の楽しみ | Trackback | Comments(0)
2005年 12月 23日

「アンドレイ・ルブリョフ」DVD(タルコフスキー16)

ついにアンドレイ・ルブリョフまでたどり着きました。最初に書いたように、タルコフスキーのすべてが語られている映画。長いです。3時間と2分。ソ連では上映禁止になりましたが、当局はこの大地の底から甦るような徹底したロシア性が恐ろしかったにちがいない。しかし、その後巨額な経費を許して「惑星ソラリス」を撮らせているのだからよくわからない話。

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# by kugayama2005 | 2005-12-23 15:46 | ■映画の楽しみ | Trackback | Comments(0)
2005年 12月 22日

☆旅の空(根室本線)

今頃は深く雪に埋もれているだろう。1両だけの根室本線から。
このときふと吉田一穂の詩を思い出した。

あゝ麗はしいデスタンス、
つねに遠のいてゆく風景
悲しみの彼方、?への、
捜り打つ夜半のピアニツシモ。

?のところが思い出せなかった。後で調べたら「母」だった。「海の聖母」という詩集であるが、本人はそんなめめしい題は嫌だったようだ。一穂は、積丹半島に父を、函館に母を見ているのだ。一度じっくり調べたいものだ。積丹半島の自然にふれることなく一穂を語ることなかれ、と言う人もいる。

雪といえば、ボクの好きなライブカメラ=鳥海山細密映像(鳥海山がくっきり見えたとき感動。雪深い冬から早春の雪解け。田植え、夏の盛り、稲刈りなど一年楽しめます。)
http://cgi30.plala.or.jp/~live/nemuoka/is.pl


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# by kugayama2005 | 2005-12-22 08:14 | ■イメージ保管庫 | Trackback | Comments(0)
2005年 12月 21日

「惑星ソラリス」<LD>(タルコフスキー15)

このソラリスはボクの一番好きなタルコフスキー映画であって、かつタルコフスキーが一番嫌いらしい自分の映画と言うべきか。妻を演じるナタリア・ボンダルチュクの父は、あの巨編「戦争と平和」を撮ったセルゲイ・ボンダルチュク監督であり、後にカンヌ映画祭などでタルコフスキーを攻撃する側となる。

当初、女優の役(妻ハリー)はスウェーデンのベルイマンの映画に出ているビビ・アンデションを想定していたのだが、外国人ゆえうまくゆかず曲折のうえナタリア・ボンダルチェクに決まった。タルコフスキーは満足していたはずだが、後になると批判的に“演技過剰”と書いている。でもボクはナタリアが好きだ。彼女なしにはこの映画は成立しない。

タルコフスキーはこの映画より次に撮るべき「白い日」について、日記に熱心に書き込んでいる。「白い日」は改題されて「鏡」となった。「惑星ソラリス」には「ソラリスの星のもとで」という先行するSF小説の原作があるわけで、タルコフスキーとしてはおもしろくなかったのだろう。

<ブログ内リンク http://kugayama05.exblog.jp/d2005-07-25

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# by kugayama2005 | 2005-12-21 02:18 | ■映画の楽しみ | Trackback(1) | Comments(0)
2005年 12月 20日

「鏡2」<LD>(タルコフスキー14)

タルコフスキーにとって、母と妻は別離の対象である。空間に浮遊する男と女は性愛の一瞬。少年はひとり、過去の時間にピンでさし止められた影絵のように。そしてそれらのなかにめぐっているのは、火と水。それこそロシアの原型なのだろう、きっと。

タルコフスキーにとってのリアルな家庭とは何だったのだろう。夫人ラリッサが87年、インタビューに答えている。「彼はソビエトで17年間仕事がありませんでした。17ヶ月じゃありませんよ。その間、私がずっと家計をささえてきたのです。多くを語りたくありません・・・その日を生きていくことさえ難しかったのです。」

その後出国したタルコフスキーを待っていたのは、健康保険なしで受ける巨額の癌治療費だった。詩人の父もさしたる収入が無く、2代にわたってロシア的自由人として生きたといえよう。戦争中たべものに困り、タルコフスキーの母が装飾品を売りに農家を訪ねていく場面が「鏡」にある。その農家の婦人を彼の妻が演じている。

LDのジャケットに採用されているおそろしげな母の顔(昨日掲載)は、思い直して品物を売るのをやめて帰ろうとすると、農婦に“鶏の首をはねてほしい”と強要される場面。映画では、母と妻を同じ女優が演じ、その母・妻を現に妻である女優の農婦が追い詰めるという・・・。

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# by kugayama2005 | 2005-12-20 02:09 | ■映画の楽しみ | Trackback | Comments(0)
2005年 12月 19日

「鏡」<LD>(タルコフスキー13)

「鏡」は、母と家と、そして父の不在の映画である。母は妻ともイメージを共有する。家が失われる前兆として、納屋が焼け落ちる。納屋が焼け落ちた年に、詩人の父が家を出て、家族は見捨てられる。・・・タルコフスキーの全容を複雑に押し込めた映画。

(ところで毎日画像をアップするものだから無料の容量を超えそう。別のサイトに読み込みに行くようにしたほうがいいのだろうか・・・ぶつぶつ独り言)

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# by kugayama2005 | 2005-12-19 06:49 | ■映画の楽しみ | Trackback | Comments(2)
2005年 12月 18日

「ストーカー(密猟者)2」<LD>(タルコフスキー12)

ボクがこの映画で気に入っているところは、ナットに白布をくくりつけて投げるところだ。なぜそうするかというと、“ゾーン”のなかの安全な経路を発見するためだ。同行者はついには呆れ、怒り出すが、これしか方法はない。どうでしょうか、われわれも結構そんな不確定な根拠で、この生を生きているんじゃないでしょうか。どこかで思いっきり白布ナットを投げてみたいものだ。

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# by kugayama2005 | 2005-12-18 09:36 | ■映画の楽しみ | Trackback | Comments(3)
2005年 12月 17日

「ストーカー(密猟者)」<LD>(タルコフスキー11)

これまではタルコフスキーが癌死してからの、遡行する序章にすぎない。ここから彼にとっての精神の、そして家庭のラーゲリ(強制収容所)に入っていくわけだ。「ストーカー」は、理想は未来に置き、現実は現在以前にさかのぼるという歴史上まれにみる巨大実験国家=ソヴィエト連邦の実質の中で制作された。

おそろしいことに、現在の日本に起こり、起きつつある異様な事態。これは、かつてのソ連を嗤ってすませるわけにはいかない。社会の影絵である国家の、救いがたい事態を反映している、としかいいようがない。この映画は、すべての望みがかなう部屋についての・・・一種の迷路探訪だけど、そこには逃げ道はない。

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# by kugayama2005 | 2005-12-17 03:55 | ■映画の楽しみ | Trackback | Comments(0)
2005年 12月 16日

山中千尋「Leaning Forward」<DVD>(女ジャピ83)

昨夕、ふと気付いたらNHKの番組に千尋さんがでていた。前もって教えてくれなきゃ困るじゃない。ふるさとの桐生に帰ってなんたらかんたらという内容。バックで“八木節”を演っていたけど、ものすごく進展しているのでびっくり。全国むけふつうの放送だから優しく優しく弾いたということもあろうけど、これまでの親の敵をとるのかというような弾き方ではなく、とっても素晴らしかった。恋人でもできたのだろうか、心配だ。上原みたいに立って弾いたりもした。健康そうになっていてよかった。・・・このDVDの時はやつれて体調わるいみたいでかわいそう。

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# by kugayama2005 | 2005-12-16 05:56 | ♪音楽の楽しみ(アジア太平洋) | Trackback | Comments(2)
2005年 12月 15日

「ノスタルジア」<ベートーベン:第9交響曲>(タルコフスキー10)

なにゆえベートーベン、しかも第9などと言われると困るのです。タルコフスキーは映画の重要なシーンでこの曲を使っています。バッハ「受難曲」の時も書きましたが、このような有名な曲のその部分をのみ使って映画の背景に流すことは、ほんとうに良いのだろうか・・・と実は日々悩むのです。しかたないのでちょっと変わった交響曲全集をアップしてみました。

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# by kugayama2005 | 2005-12-15 03:21 | ■映画の楽しみ | Trackback | Comments(0)
2005年 12月 14日

「ノスタルジア」<ヴェルディ:レクィエム>(タルコフスキー9)

ここは撮影地イタリアに尊敬の念を示し、オペラ座のヴェルディしかない。タルコフスキーがなぜこの映画にヴェルディのレクィエムを採用したのかはよくわからないが、この圧倒的なイタリアというものから逃れることはできない。ボクはこの映画を見て最初ちょっとショックだったのは、あまりに“西欧的”になってしまったことだ。

イタリアの都市をめぐって、彼は終末へと導かれていく。彼のそばには“狂人”の残していった犬しかいない。タルコフスキーは「ノスタルジアとは何か」と問われて「郷愁というようなものではない」という異様な答えをしている。・・・

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# by kugayama2005 | 2005-12-14 04:47 | ■映画の楽しみ | Trackback | Comments(2)
2005年 12月 13日

「ノスタルジア」<LD>(タルコフスキー8)

このノスタルジアとはどういうノスタルジアなのだろうか。シナリオの深い分析はすでにされているところだけど、端的にいえば生への離別、別れの挨拶というべきだろう。日記にも直接は書いていないが、死を意識し、その場所を求めていたと思う。

タルコフスキーにとってロシアの地は生そのものだったし、失われた父と家の形象が繰り返される。思えば「惑星ソラリス」にすべて尽くされていたテーマが再現しているに過ぎない。ソラリスでもここイタリアでも異邦人として、最後の生をいつくしむ。

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# by kugayama2005 | 2005-12-13 06:53 | ■映画の楽しみ | Trackback | Comments(0)
2005年 12月 12日

「ノスタルジア」<LD>(タルコフスキー7)

この映画を撮った限りは、タルコフスキーは旧ソ連から亡命(と言うよりは結果的に祖国へ帰らなくともやむなしという判断)を前提にしていたと思う。タルコフスキーのなかでは、わかりやすい映画と言われている。でもボクにはこれは難しい。

タルコフスキーのソ連に対する不満はもっぱら、映画を撮らせてくれない、ということにある。それでは西側なら映画を撮らせてくれるかというと、そういうことでもないわけで、さらにいうと眠くなる映画をそれほど撮らせてくれるとは思えない。

そこに何か不幸な思い違いがあるような気がする。この「ノスタルジア」と次作の「サクリファイス」制作時、日記に体調不良を訴えること頻々となっていく。ソ連で何も撮れずに終わるより、もちろん国を出て2本なりとも撮れたことはよかった。

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# by kugayama2005 | 2005-12-12 04:28 | ■映画の楽しみ | Trackback | Comments(4)
2005年 12月 11日

Rebecka Toernqvist「THE STOCKHOLM KAZA SESSION」

レベッカ・トーンクウィスト(Toernqvistのoeはoウムラウト)。北欧の人名には苦労させられますねぇ。だいいち発音を聴いて日本語の50音に当てはめられないのですから仕方ないです。息を吸いながら発音する場合もあるそうです・・・。日本語の母音はもっとたくさんあったのに、どんどん減って、ついに5音になっちゃったんですね。母音の少ない言語で、母音の多い言語を説明するのは難しく、逆は易しいそうです。

「THE STOCKHOLM KAZA SESSION」昨日届いたCDなんですけど、彼女ジャズもなかなかなもんですね。Magnus Brooのトランペットがムカシのマイルスみたいでかっこよく合ってます。・・・ちょっとはまりそうです。北欧ジャズは時々イヤになるのですが、またまた聴きたくなる不思議な魅力がありますね。

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# by kugayama2005 | 2005-12-11 11:51 | ♪音楽の楽しみ(欧州スラブ) | Trackback | Comments(2)
2005年 12月 10日

「サクリファイス」<小説>(タルコフスキー6)

「白夜の季節が近づいていた」・・・と始まる、映画のもとになっている小説・・・、映画とは微妙にちがう。特に気になるのは、映画では引用した父(アルセーニー)の詩がまったく引用されていないということ。そのあたりの心を読み解くにはまだ時間がかかりそうだ。

この小説の原型は、以前からできていたらしい。癌患者のもとを魔女が訪れ、病が快癒するというものだったのが、ドストエフスキー(白痴)などを取り入れて「犠牲」というテーマになった。アイスランドから来たという通い女中が、世界を癒す巫女的な異端者として現れる。

つまり非キリスト教的な原ヨーロッパ世界に、実は救済の契機を求めているのだ。・・・タルコフスキーは実は西欧的な“自由”に、早くも絶望していたといえる。

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# by kugayama2005 | 2005-12-10 07:58 | ■映画の楽しみ | Trackback | Comments(0)
2005年 12月 09日

「サクリファイス」<海童道(わたづみどう):法竹>(タルコフスキー5)

バッハの次に映画のなかでもちいられた音楽は標記「法竹」で、映画のテーマともふかくもつれて演奏される。しかしこの海童道にしても、どこかでソノシートを入手し、思うがままに映画のなかに当てはめたにすぎない。そういう点、エキゾチックな音源に甘えているような、いやな感じがする。しかし、あまりにうまく映画と同化しているので、海童道のほうが凄いのかも知れないけれど納得してしまう。

その他、スウェーデンの古い「牛集めの歌(女声)」が採用されている。その歌も録音が無く、ストックホルムの放送局で探しまわり、やっと古いものを見つけたようだ。牛を呼び集める高音の女声の歌は、Rehnqvistが現代によみがえらせて音楽化されている、と調べてわかったが、CDは未入手、捜索中。さいしょそれは“ヨイク”かとボクは思ったが、そうではないようだ。・・・ボクだったらヨイクをつかいたいし、海童道を撮影現場に招いて録音したい。(とはいえ撮影現場は鳥の営巣地で日がなさえずっており音は使えなかったらしい)

バッハにしてもあの長大なパッションから一部を切り取るのではなく、バッハ全体の印象を新しい作曲によってつむぎ出すべきなのだ。・・・が、それをやっていたら彼の死に間に合わず、この映画は未完に終わったにちがいないけれど。

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# by kugayama2005 | 2005-12-09 06:54 | ■映画の楽しみ | Trackback | Comments(2)
2005年 12月 08日

「サクリファイス」<バッハ:マタイ受難曲>(タルコフスキー4)

タルコフスキーはバッハを多用している(サクリファイスでも初めと終わりで)。はたしてバッハの楽曲そのものを映画のなかで使っていいのだろうか。と、言う人がいて、そういう指摘もしているようなのだが、タルコフスキーはその意見を歯牙にもかけていない。ボクはやはり思うのだけど、生のバッハを映画の背景に使うのは邪道だ。・・・と思いながら、グスタフ・レオンハルトによるマタイ受難曲をかけてみた。映画で使われているのは別の演奏で、曲は例の第47アリア「Erbarme dich」(神様はduなのである)。

思った。タルコフスキーはレオンハルトのマタイ受難曲を聴いていない。レオンハルトを聴いていれば、映画のタイトルにながすような使い方はできまいぞ。・・・話はこの映画から外れますが、音楽に興味のある方は、死ぬまでにぜひレオンハルトのマタイ受難曲を一度は聴いてください。お願いします。・・・バッハについてはいずれじっくり半年くらいかけて検証するとして(笑)、タルコフスキーがいかにバッハを好きかはわかります。うれしい!

↓グスタフ・レオンハルト指揮:バッハ「マタイ受難曲」=古楽器による教会での演奏/少人数で完成されたテルツ少年合唱団/カウンターテナーによる瞠目すべき抑制された歌唱表現/エグモントの優しく清らかなイエス像再現/など、これを聴かなきゃ。

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# by kugayama2005 | 2005-12-08 05:49 | ■映画の楽しみ | Trackback | Comments(4)
2005年 12月 07日

「サクリファイス」<日本の木>(タルコフスキー3)

「日本の木」(昨日アップしたLDのジャケット参照http://kugayama05.exblog.jp/d2005-12-06)についてである。これはボクの推論だけど、タルコフスキーが「日本の木」のイメージを獲得したのは、チャップリンの「ライム・ライト」からではないだろうか。タルコフスキーは、映画を10本選ぶという試みの際、「街の灯」を入れたというから、当然「ライム・ライト」も評価して見ているはずだ。チャップリンは「ライム・ライト」のなかで、「日本の木」というギャグを入れている。

ではチャップリンの「日本の木」はいかにしてうまれたのか。チャップリン訪日の際、ホテルの部屋に飾られていた松の盆栽をいたく気に入り、もって帰ってしまったというエピソードもある。ただ、盆栽を表現したというだけではギャグにならない。その背景に、広重の東海道五十三次的(特に「大磯」「平塚」 など)ジャポニズムの記憶が映画の観客にあることを計算に入れた、しゃれた演技なのである。タルコフスキーも当然、広重を見ているとボクは確信する。

↓「日本の木」を顔と手で・・・そして肩で;;演じるチャップリン
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# by kugayama2005 | 2005-12-07 03:56 | ■映画の楽しみ | Trackback | Comments(0)
2005年 12月 06日

「サクリファイス」<LD>(タルコフスキー2)

ボクはタルコフスキーの映画はほとんど制作順に見てきたけれど、今回の書き物は時間軸を遡っていきたい。1986年、タルコフスキー最期の年。「サクリファイス」は上映されたが、彼は体中の激しい痛みのためパリでうごけなくなる。「何をする力も残っていないーそれが問題だ(12/15最後の日記)」

・・・“坊や”と“彼”は、海岸に根のない枯れ木を植える。彼らはそれを「日本の木」と呼び、毎日水をやれば蘇るという。ロケ地はスウェーデンの島、すなわち対岸はロシアであり、タルコフスキーは最愛の息子を残して亡命している。映画は息子に捧げられた。
<ブログ内リンクhttp://kugayama05.exblog.jp/d2005-12-04

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# by kugayama2005 | 2005-12-06 02:38 | ■映画の楽しみ | Trackback | Comments(0)
2005年 12月 05日

赤坂由香利「Rainy Afternoon」

じつはこのCD聴くために雨の午後を待っていたのですが、想像を超えてうまく今日の東京はRainy Afternoonになりました。ピアノの弾き語りになっているのも数曲あって、彼女の独特のヴォーカルを聴くことができます。金曜日には霧の(foggyというよりmistyと言った方がかっこいいみたい)Valerie Joyce、日曜の午後はRainyな由香利というところか。東京の雨もなかなかぜいたくです。
赤坂由香利HP:<http://www5e.biglobe.ne.jp/~yukapy/

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# by kugayama2005 | 2005-12-05 00:05 | ♪音楽の楽しみ(アジア太平洋) | Trackback | Comments(0)