久我山散人

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2005年 12月 19日

「鏡」<LD>(タルコフスキー13)

「鏡」は、母と家と、そして父の不在の映画である。母は妻ともイメージを共有する。家が失われる前兆として、納屋が焼け落ちる。納屋が焼け落ちた年に、詩人の父が家を出て、家族は見捨てられる。・・・タルコフスキーの全容を複雑に押し込めた映画。

(ところで毎日画像をアップするものだから無料の容量を超えそう。別のサイトに読み込みに行くようにしたほうがいいのだろうか・・・ぶつぶつ独り言)

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# by kugayama2005 | 2005-12-19 06:49 | ■映画の楽しみ | Trackback | Comments(2)
2005年 12月 18日

「ストーカー(密猟者)2」<LD>(タルコフスキー12)

ボクがこの映画で気に入っているところは、ナットに白布をくくりつけて投げるところだ。なぜそうするかというと、“ゾーン”のなかの安全な経路を発見するためだ。同行者はついには呆れ、怒り出すが、これしか方法はない。どうでしょうか、われわれも結構そんな不確定な根拠で、この生を生きているんじゃないでしょうか。どこかで思いっきり白布ナットを投げてみたいものだ。

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# by kugayama2005 | 2005-12-18 09:36 | ■映画の楽しみ | Trackback | Comments(3)
2005年 12月 17日

「ストーカー(密猟者)」<LD>(タルコフスキー11)

これまではタルコフスキーが癌死してからの、遡行する序章にすぎない。ここから彼にとっての精神の、そして家庭のラーゲリ(強制収容所)に入っていくわけだ。「ストーカー」は、理想は未来に置き、現実は現在以前にさかのぼるという歴史上まれにみる巨大実験国家=ソヴィエト連邦の実質の中で制作された。

おそろしいことに、現在の日本に起こり、起きつつある異様な事態。これは、かつてのソ連を嗤ってすませるわけにはいかない。社会の影絵である国家の、救いがたい事態を反映している、としかいいようがない。この映画は、すべての望みがかなう部屋についての・・・一種の迷路探訪だけど、そこには逃げ道はない。

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# by kugayama2005 | 2005-12-17 03:55 | ■映画の楽しみ | Trackback | Comments(0)
2005年 12月 16日

山中千尋「Leaning Forward」<DVD>(女ジャピ83)

昨夕、ふと気付いたらNHKの番組に千尋さんがでていた。前もって教えてくれなきゃ困るじゃない。ふるさとの桐生に帰ってなんたらかんたらという内容。バックで“八木節”を演っていたけど、ものすごく進展しているのでびっくり。全国むけふつうの放送だから優しく優しく弾いたということもあろうけど、これまでの親の敵をとるのかというような弾き方ではなく、とっても素晴らしかった。恋人でもできたのだろうか、心配だ。上原みたいに立って弾いたりもした。健康そうになっていてよかった。・・・このDVDの時はやつれて体調わるいみたいでかわいそう。

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# by kugayama2005 | 2005-12-16 05:56 | ♪音楽の楽しみ(アジア太平洋) | Trackback | Comments(2)
2005年 12月 15日

「ノスタルジア」<ベートーベン:第9交響曲>(タルコフスキー10)

なにゆえベートーベン、しかも第9などと言われると困るのです。タルコフスキーは映画の重要なシーンでこの曲を使っています。バッハ「受難曲」の時も書きましたが、このような有名な曲のその部分をのみ使って映画の背景に流すことは、ほんとうに良いのだろうか・・・と実は日々悩むのです。しかたないのでちょっと変わった交響曲全集をアップしてみました。

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# by kugayama2005 | 2005-12-15 03:21 | ■映画の楽しみ | Trackback | Comments(0)
2005年 12月 14日

「ノスタルジア」<ヴェルディ:レクィエム>(タルコフスキー9)

ここは撮影地イタリアに尊敬の念を示し、オペラ座のヴェルディしかない。タルコフスキーがなぜこの映画にヴェルディのレクィエムを採用したのかはよくわからないが、この圧倒的なイタリアというものから逃れることはできない。ボクはこの映画を見て最初ちょっとショックだったのは、あまりに“西欧的”になってしまったことだ。

イタリアの都市をめぐって、彼は終末へと導かれていく。彼のそばには“狂人”の残していった犬しかいない。タルコフスキーは「ノスタルジアとは何か」と問われて「郷愁というようなものではない」という異様な答えをしている。・・・

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# by kugayama2005 | 2005-12-14 04:47 | ■映画の楽しみ | Trackback | Comments(2)
2005年 12月 13日

「ノスタルジア」<LD>(タルコフスキー8)

このノスタルジアとはどういうノスタルジアなのだろうか。シナリオの深い分析はすでにされているところだけど、端的にいえば生への離別、別れの挨拶というべきだろう。日記にも直接は書いていないが、死を意識し、その場所を求めていたと思う。

タルコフスキーにとってロシアの地は生そのものだったし、失われた父と家の形象が繰り返される。思えば「惑星ソラリス」にすべて尽くされていたテーマが再現しているに過ぎない。ソラリスでもここイタリアでも異邦人として、最後の生をいつくしむ。

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# by kugayama2005 | 2005-12-13 06:53 | ■映画の楽しみ | Trackback | Comments(0)
2005年 12月 12日

「ノスタルジア」<LD>(タルコフスキー7)

この映画を撮った限りは、タルコフスキーは旧ソ連から亡命(と言うよりは結果的に祖国へ帰らなくともやむなしという判断)を前提にしていたと思う。タルコフスキーのなかでは、わかりやすい映画と言われている。でもボクにはこれは難しい。

タルコフスキーのソ連に対する不満はもっぱら、映画を撮らせてくれない、ということにある。それでは西側なら映画を撮らせてくれるかというと、そういうことでもないわけで、さらにいうと眠くなる映画をそれほど撮らせてくれるとは思えない。

そこに何か不幸な思い違いがあるような気がする。この「ノスタルジア」と次作の「サクリファイス」制作時、日記に体調不良を訴えること頻々となっていく。ソ連で何も撮れずに終わるより、もちろん国を出て2本なりとも撮れたことはよかった。

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# by kugayama2005 | 2005-12-12 04:28 | ■映画の楽しみ | Trackback | Comments(4)
2005年 12月 11日

Rebecka Toernqvist「THE STOCKHOLM KAZA SESSION」

レベッカ・トーンクウィスト(Toernqvistのoeはoウムラウト)。北欧の人名には苦労させられますねぇ。だいいち発音を聴いて日本語の50音に当てはめられないのですから仕方ないです。息を吸いながら発音する場合もあるそうです・・・。日本語の母音はもっとたくさんあったのに、どんどん減って、ついに5音になっちゃったんですね。母音の少ない言語で、母音の多い言語を説明するのは難しく、逆は易しいそうです。

「THE STOCKHOLM KAZA SESSION」昨日届いたCDなんですけど、彼女ジャズもなかなかなもんですね。Magnus Brooのトランペットがムカシのマイルスみたいでかっこよく合ってます。・・・ちょっとはまりそうです。北欧ジャズは時々イヤになるのですが、またまた聴きたくなる不思議な魅力がありますね。

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# by kugayama2005 | 2005-12-11 11:51 | ♪音楽の楽しみ(欧州スラブ) | Trackback | Comments(2)
2005年 12月 10日

「サクリファイス」<小説>(タルコフスキー6)

「白夜の季節が近づいていた」・・・と始まる、映画のもとになっている小説・・・、映画とは微妙にちがう。特に気になるのは、映画では引用した父(アルセーニー)の詩がまったく引用されていないということ。そのあたりの心を読み解くにはまだ時間がかかりそうだ。

この小説の原型は、以前からできていたらしい。癌患者のもとを魔女が訪れ、病が快癒するというものだったのが、ドストエフスキー(白痴)などを取り入れて「犠牲」というテーマになった。アイスランドから来たという通い女中が、世界を癒す巫女的な異端者として現れる。

つまり非キリスト教的な原ヨーロッパ世界に、実は救済の契機を求めているのだ。・・・タルコフスキーは実は西欧的な“自由”に、早くも絶望していたといえる。

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# by kugayama2005 | 2005-12-10 07:58 | ■映画の楽しみ | Trackback | Comments(0)
2005年 12月 09日

「サクリファイス」<海童道(わたづみどう):法竹>(タルコフスキー5)

バッハの次に映画のなかでもちいられた音楽は標記「法竹」で、映画のテーマともふかくもつれて演奏される。しかしこの海童道にしても、どこかでソノシートを入手し、思うがままに映画のなかに当てはめたにすぎない。そういう点、エキゾチックな音源に甘えているような、いやな感じがする。しかし、あまりにうまく映画と同化しているので、海童道のほうが凄いのかも知れないけれど納得してしまう。

その他、スウェーデンの古い「牛集めの歌(女声)」が採用されている。その歌も録音が無く、ストックホルムの放送局で探しまわり、やっと古いものを見つけたようだ。牛を呼び集める高音の女声の歌は、Rehnqvistが現代によみがえらせて音楽化されている、と調べてわかったが、CDは未入手、捜索中。さいしょそれは“ヨイク”かとボクは思ったが、そうではないようだ。・・・ボクだったらヨイクをつかいたいし、海童道を撮影現場に招いて録音したい。(とはいえ撮影現場は鳥の営巣地で日がなさえずっており音は使えなかったらしい)

バッハにしてもあの長大なパッションから一部を切り取るのではなく、バッハ全体の印象を新しい作曲によってつむぎ出すべきなのだ。・・・が、それをやっていたら彼の死に間に合わず、この映画は未完に終わったにちがいないけれど。

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# by kugayama2005 | 2005-12-09 06:54 | ■映画の楽しみ | Trackback | Comments(2)
2005年 12月 08日

「サクリファイス」<バッハ:マタイ受難曲>(タルコフスキー4)

タルコフスキーはバッハを多用している(サクリファイスでも初めと終わりで)。はたしてバッハの楽曲そのものを映画のなかで使っていいのだろうか。と、言う人がいて、そういう指摘もしているようなのだが、タルコフスキーはその意見を歯牙にもかけていない。ボクはやはり思うのだけど、生のバッハを映画の背景に使うのは邪道だ。・・・と思いながら、グスタフ・レオンハルトによるマタイ受難曲をかけてみた。映画で使われているのは別の演奏で、曲は例の第47アリア「Erbarme dich」(神様はduなのである)。

思った。タルコフスキーはレオンハルトのマタイ受難曲を聴いていない。レオンハルトを聴いていれば、映画のタイトルにながすような使い方はできまいぞ。・・・話はこの映画から外れますが、音楽に興味のある方は、死ぬまでにぜひレオンハルトのマタイ受難曲を一度は聴いてください。お願いします。・・・バッハについてはいずれじっくり半年くらいかけて検証するとして(笑)、タルコフスキーがいかにバッハを好きかはわかります。うれしい!

↓グスタフ・レオンハルト指揮:バッハ「マタイ受難曲」=古楽器による教会での演奏/少人数で完成されたテルツ少年合唱団/カウンターテナーによる瞠目すべき抑制された歌唱表現/エグモントの優しく清らかなイエス像再現/など、これを聴かなきゃ。

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# by kugayama2005 | 2005-12-08 05:49 | ■映画の楽しみ | Trackback | Comments(4)
2005年 12月 07日

「サクリファイス」<日本の木>(タルコフスキー3)

「日本の木」(昨日アップしたLDのジャケット参照http://kugayama05.exblog.jp/d2005-12-06)についてである。これはボクの推論だけど、タルコフスキーが「日本の木」のイメージを獲得したのは、チャップリンの「ライム・ライト」からではないだろうか。タルコフスキーは、映画を10本選ぶという試みの際、「街の灯」を入れたというから、当然「ライム・ライト」も評価して見ているはずだ。チャップリンは「ライム・ライト」のなかで、「日本の木」というギャグを入れている。

ではチャップリンの「日本の木」はいかにしてうまれたのか。チャップリン訪日の際、ホテルの部屋に飾られていた松の盆栽をいたく気に入り、もって帰ってしまったというエピソードもある。ただ、盆栽を表現したというだけではギャグにならない。その背景に、広重の東海道五十三次的(特に「大磯」「平塚」 など)ジャポニズムの記憶が映画の観客にあることを計算に入れた、しゃれた演技なのである。タルコフスキーも当然、広重を見ているとボクは確信する。

↓「日本の木」を顔と手で・・・そして肩で;;演じるチャップリン
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# by kugayama2005 | 2005-12-07 03:56 | ■映画の楽しみ | Trackback | Comments(0)
2005年 12月 06日

「サクリファイス」<LD>(タルコフスキー2)

ボクはタルコフスキーの映画はほとんど制作順に見てきたけれど、今回の書き物は時間軸を遡っていきたい。1986年、タルコフスキー最期の年。「サクリファイス」は上映されたが、彼は体中の激しい痛みのためパリでうごけなくなる。「何をする力も残っていないーそれが問題だ(12/15最後の日記)」

・・・“坊や”と“彼”は、海岸に根のない枯れ木を植える。彼らはそれを「日本の木」と呼び、毎日水をやれば蘇るという。ロケ地はスウェーデンの島、すなわち対岸はロシアであり、タルコフスキーは最愛の息子を残して亡命している。映画は息子に捧げられた。
<ブログ内リンクhttp://kugayama05.exblog.jp/d2005-12-04

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# by kugayama2005 | 2005-12-06 02:38 | ■映画の楽しみ | Trackback | Comments(0)
2005年 12月 05日

赤坂由香利「Rainy Afternoon」

じつはこのCD聴くために雨の午後を待っていたのですが、想像を超えてうまく今日の東京はRainy Afternoonになりました。ピアノの弾き語りになっているのも数曲あって、彼女の独特のヴォーカルを聴くことができます。金曜日には霧の(foggyというよりmistyと言った方がかっこいいみたい)Valerie Joyce、日曜の午後はRainyな由香利というところか。東京の雨もなかなかぜいたくです。
赤坂由香利HP:<http://www5e.biglobe.ne.jp/~yukapy/

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# by kugayama2005 | 2005-12-05 00:05 | ♪音楽の楽しみ(アジア太平洋) | Trackback | Comments(0)
2005年 12月 04日

「タルコフスキー日記」(アンドレイ・タルコフスキー1)

もうあまり新しい映画は見ないだろうから、記憶を頼って過去の映画について書きたい。タルコフスキーはいつかまとめておかなければいけない、と思い続けてきたけれど、今その時が来たようだ。とはいえ、まとめるなどということはできない。辿るだけだ。

1932.4.4 ヴォルガ河畔ザヴラジェに生まれる
1960「ローラとバイオリン」
1962「僕の村は戦場だった」
1967「アンドレイ・ルブリョフ」
1972「惑星ソラリス」
1975「鏡」
1979「ストーカー」(“密猟者”)
1983「ノスタルジア」
1986「サクリファイス」(“犠牲”)
1986.12.28 パリで死す

こう書いてみると、タルコフスキーの作品はいきなり「アンドレイ・ルブリョフ」で頂点に達し、その後20年かけて「アンドレイ・ルブリョフ」のテーマを強い使命感によって砕きなおしたようにも見える。マーニンという数学者が「アンドレイ・ルブリョフ」をめぐる討論の中で次のように発言し、タルコフスキーは励まされている。「いろいろな事柄の真の基準がどこにあるかを感じさせてくれる芸術家がいます。彼らは一生のあいだ、この荷を背負い続けてくれる。われわれはそのことで、彼らに感謝しなければなりません」

タルコフスキーの映画は、「いったいなぜ映画を観ている3時間もの間、苦痛を強いられなければならないのか」「どうしてあなたは汚い塀ばかり撮るんですか」などと不評であるばかりでなく、比喩ではあるがきびしい国家批判をふくんでいるためソ連では黙殺されていた(その割には驚くべき巨額の撮影経費を国家が支出しているが)。亡命後、2作のみを残して客死。その後さらに忘れられた人になりつつある。

ボクが何か質問する機会があったら、きっとくだらない質問をして日本びいきの監督を失望させただろう。「なぜあなたの映画はいつも部屋の中に雨が降るんですか?!」・・・「どうして汚い塀ばかり撮るんですか」の質問に彼はこう答えている。「日本にはサビということばがある」
<ブログ内リンク:http://kugayama05.exblog.jp/d2005-07-25


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# by kugayama2005 | 2005-12-04 00:39 | ■映画の楽しみ | Trackback | Comments(0)
2005年 12月 03日

内藤洋子「白馬のルンナ」

先日、NHKのテレビ番組に内藤洋子が出ていたけど、その天然ぶりは圧巻だった。子どもの頃、給食当番をしていた時モデルにスカウトされたときの話:

内藤「当時、エースコックの即席ラーメンが流行っていましてね・・・」
アナ(企業名が出てしまったのであせる)「はい。“食品メーカー”ですね」
内藤「そうです、そのエースコックの、♪ブタブタ子ブタ(と歌い出してしまう)というのね」
アナ(更にあせる)「“食品メーカー”のですね!」
内藤「そうです、その食品メーカーのエースコックのブタと同じような格好して給食当番ですからね、そのとき“お嬢さんこっちへきて写真を撮らせてくれませんか”って言われたんです」

1950年生まれなのに見た目はむかしのまま、大物である。

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# by kugayama2005 | 2005-12-03 00:06 | ♪音楽の楽しみ(アジア太平洋) | Trackback | Comments(6)
2005年 12月 02日

Valerie Joyce 「NEW YORK BLUE」

とりあえず真夜中しごとする時のBGMとして買ったCDなんだけど、かけた途端・・・お〜マンダム!と、のめり込んでしまい、しごとは明日以降に放り出してしまいました。それだけではなく本来あまり好きでないブランデーなどをとり出し、寂しいけど一人。このままじゃ妹歯になっちゃう!
この若さで、フォギーに歌いこむなんて、すご。

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# by kugayama2005 | 2005-12-02 00:08 | ♪音楽の楽しみ(北中南米) | Trackback | Comments(2)
2005年 12月 01日

Beleza「トリビュート トゥー A.C. ジョビン」/Gabriela Anders「wanting」

後ろが前!前が後!〜。Belezaと呼ばれるGabriela AndersがBelezaになったりGabriela Andersに戻ったり。彼女の才能は歌唱だけではなく作曲にもあります。でも今宵はこんな2枚、しかしよく見るとすごく薄い服を着ているので鼻血ブー(死語)。Belezaをポルトガル語辞書でひいてみたら「美しさ・美人」という意味だった。もう降参です、美子さ〜ん。
<ブログ内リンク/サルサ・ピーナッツのガブリエラ:http://kugayama05.exblog.jp/d2005-11-23

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# by kugayama2005 | 2005-12-01 01:00 | ♪音楽の楽しみ(北中南米) | Trackback | Comments(2)
2005年 11月 30日

グレン・グールド「ロシアの旅」(フェイギンベルグ監督=グールド生誕70周年記念映画/DVD)

“レジェンド”的なビデオは映像の出所があまり明記されていないこと、かつインタビュー記事が恣意的に編集されていることを前提に見るしかないのだが、やはり映像によってわかる部分の力は大きい。1957年、24歳。飛行機嫌いのグールドがソ連を積極的に訪問し、挑戦的ともいえる姿勢で西側現代音楽を伝えようとした、その記録。グールドが激しい思索の課程に音を生みだし、かつ政治的ともいえるはみ出しも辞さなかったことがわかる。・・・リヒテルが「私も彼のようにバッハを弾ける」と言っているのがなんとなく嬉しい。彼もこちら側から見ればまだ隠された宝だったのではないか。
<ブログ内リンク:http://kugayama05.exblog.jp/d2005-08-24

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# by kugayama2005 | 2005-11-30 04:04 | ♪音楽の楽しみ(北中南米) | Trackback | Comments(0)
2005年 11月 29日

弘田三枝子「ミコちゃんのヒット・キット・パレード」

弘田三枝子ほど強烈に脳細胞に食い込んでくるヒトはありません。ボクはこのCD買ったとき3回続けて聴きましたが、疲労困憊。・・・もしかしてコニー・フランシスのコピーだと思っている方いませんか。それは違います(キッパリ)。コニーが、弘田三枝子の登場を予見しただけです!
<ブログ内リンク:http://kugayama05.exblog.jp/d2005-08-06
<ファンのサイト:http://www.h4.dion.ne.jp/~micom/index.html

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# by kugayama2005 | 2005-11-29 03:03 | ♪音楽の楽しみ(アジア太平洋) | Trackback | Comments(0)
2005年 11月 28日

山中千尋「When October Goes」(女ジャピ82)

貴女はメジャーじゃない方がよかった。日本に帰って。八木節のふるさとへ。薄ものを着てシナをつくるのはやめたほうがいい。この時のキミがほんとうのキミだよ。
<ブログ内リンク:http://kugayama05.exblog.jp/d2005-09-08

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# by kugayama2005 | 2005-11-28 02:51 | ♪音楽の楽しみ(アジア太平洋) | Trackback | Comments(0)
2005年 11月 27日

リサ・エクダール/Lisa Ekdahl「HEAVEN EARTH AND BEYOND」

リサ!ひさしぶりだ。夏うちから女ジャピばかりだったからごめんね。たまにはスカンジナビアから出てきてくださいね。日本にきても寂しいことないよ、ボクがいるからね。妄想。
<ブログ内リンクAnotherLisaInMyPages:http://kugayama05.exblog.jp/d2005-08-16
<リサのHPへリンク:http://www.lisaekdahl.com/

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# by kugayama2005 | 2005-11-27 02:47 | ♪音楽の楽しみ(欧州スラブ) | Trackback(1) | Comments(2)
2005年 11月 26日

susanna and magical orchestra「list of lights and buoys」

いきなり道東へ出張で、今日は釧路泊。例によって出がけにそのへんにあったCDをつかんで、飛行機のなかでいったい何を持ってきたか確認する始末。ファーイーストなんで2時過ぎには早くも夕方だし、道の水たまりは凍りついている。泊まったホテルは釧路川の河口と海の間で、lights and buoysそのものの世界。ノルウェーのレーベルによるスザンナ。ヒトよ北へ向かうべし、もっと北へ。
<歌詞:http://www.alwaysontherun.net/susanna.htm

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# by kugayama2005 | 2005-11-26 00:20 | ♪音楽の楽しみ(欧州スラブ) | Trackback(1) | Comments(0)
2005年 11月 25日

三浦友理枝「ラ・ヴァルス」「ジュ・トゥ・ヴ」<アルバム「印象」から>

ラヴェル「ラ・ヴァルス(ワルツ)」をしかと聴いたのは初めてなんだけど、よかったです。この曲は、パリの空高くはるかからウィーンの宮廷を望み見て、ワルツに感謝をささげるというものなんですね。印象派というジャンルに属すのかもしれませんが、高度に抽象化されたその印象を、彼女はえがききっています。難曲といわれています。

して、サティ「ジュ・トゥ・ヴィ(あなたが欲しい)」には困ってしまいました。この愛欲的な歌詞をもつシャンソンを、こんなに愛らしく弾くことじたい禁断ですね。しかしサティ自身が“クズ”と言っていたカフェ「黒猫」時代のこのような曲も、じつは深い音楽です。ボクも最近それがわかってきて、サティもよく聴くようになりました。
<三浦友理枝HP:http://www2.yamaha-mf.or.jp/art/official/yuriemiura/top.html

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# by kugayama2005 | 2005-11-25 00:00 | ♪音楽の楽しみ(アジア太平洋) | Trackback | Comments(4)
2005年 11月 24日

ジョン・レノン(詞)「Norwegian wood」(=RUBBER SOUL=)

「ノルウェーの森」ってぜんぜん「ノルウェーの森」じゃないんだな・・・。
 >She showed me her room
 >Isn't it good,Norwegian wood
  >(彼女はぼくを彼女の部屋に案内した)
  >(いいじゃないかノルウェーの森)
では何のことかわからない。

これはやっぱり、
(散人訳)
 ♪ 彼女の部屋に案内された
 ♪ いいじゃない北欧家具(のベッド)
だろう。(Isn't it good,Norwegian woodと彼女が言った、という訳もある)

全体の展開からして:
 ぼくは女の子をつかまえた→彼女の部屋に案内された→いいじゃない北欧家具のベッド→午前2時まで話をした→彼女は「もう遅いわ、ねなくちゃ(It's time for bed)」→ぼくはしかたなく風呂場で寝た→朝起きたら彼女はもういなかった:ということ。
 歌詞だけでなく題名も「ノルウェーの森」で定着しているからもうどうしようもないにしても、Norwegian woodが「ノルウェーの森」ではないこと、普通に考えて「ノルウェー製の木の家具(簡素にして安価)」だということは明白。たとえばこんなベッドなんかです【画像参照】。おそらく歌詞でいっているのはベッドだと思いますョ。だって“そういうこと”を期待しているのですから。

そして、次の歌詞で:
(散人訳)
 ♪ 彼女は“いていいのよ。楽にして座ってね”と言った。
 ♪ ぼくは見回したんだけども、椅子なんてどこにあるの。
 とあるように、家具はベッドのほかにはあまりなくて、仕方なくじゅうたんに座ってワインを飲むことになるのです。(じゅうたん=カーペットではなく、rug=部分敷きの敷物)

 さて、ここでちょっと惹かれる意見があります。この彼女=小野洋子とする説です。日本人がひとりでイギリスで暮らし始めて、まず安価なベッドを買った。椅子はないけどちょっとした敷物があればまずはいいや・・・となる。ありそうなことです。
 しかしここで矛盾が・・・NorwegianWoodの収録は1965年、ジョンとヨーコが出会ったのは1966年てことですね。しかもヨーコは30過ぎて小娘じゃないわけで、この彼女=小野洋子説はいちおう却下ですね。しかし、実はちゃんと会う前から知っていたということはありえます。

 Norwegian woodを“森”だとする説は却下として、次のような説もあります。
(1)もともとKnowing she wouldという歌詞だったのを(レコード会社の反対で)ジョンがとっさに音が似たNorwegian woodに変えた。ということをジョンが話していたということをジョージの事務所にいた女性がジョージから?聞き、さらにその女性が小説家村上某にパーティの席で教えた・・・という説。
 この説に立つと、もともとの歌詞は:
 >Isn't it good
 >Knowing she would
(散人訳)
 ♪ わるくないね
 ♪ 彼女がそのつもりだってことはわかってる。
ということなってノルウェーもへったくれもなくなってしまう。

(2)Norwegian woodは大麻等を指す隠語・・・という説。
 この説もなかなかおもしろくて、ヒッピーは大麻草のことを“California grass”と言ったりしたし、大麻タバコは“Weed(草)”。まさか“California Grass”じゃそのままズバリでまずいから、CalifornianをNorwegianとしWeedをWoodにした言葉遊びか。なにせニューヨークでボブ・ディランに“葉っぱの楽しみ”を教えてもらい、このころのビートルズはマリファナ時代といわれています。
 この両方をうまく隠し言葉にしている可能性も高い。英語を母国語とする人々も、このへんはなんともわからんらしい。ただし“森”だという人はいないらしい。

 最後に:
 ・・・朝起きたら彼女はもういない。小鳥は飛んでいった・・・(の後)
 >So I lit a fire
 >Isn't it good
 >Norwegian wood ?

 ここも結構難問で、So I lit a fireってなんだ?という論議があって:
1)タバコに火をつけた
2)マリファナに火をつけた
3)暖炉に火を入れた
4)家具を燃やした
5)部屋に放火した
・・・などとけっこう皆マジで考えてます。

 これはおそらく(2)なんだけど、翻訳上は(1)でいいんだと思います。でもタバコという必要はなく「ちょっと一服した」なんていう感じがいいですね。(4)(5)の説をとるひとは、「Hできると思ったのにできなかったから頭にきてベッドを燃やしてやった」という解釈なんですが、Isn't it good Norwegian wood と自嘲的に終わる歌詞ですから、まだ彼女に未練が残って、ふふと終わるのがよいでしょう。ポールが“あれは放火したという意味”だと発言しているという情報もありますが未確認。また、タバコなどに火をつけるのにfireは使わないという英語の出来る人の意見もあります。となると(6)くそっ火をつけてやる・・・みたいなのもありかな。

 さて!ここでまた新たな事実が浮上。埼玉の「ジョン・レノン・ミュージアム」で「ジョン・レノンとリバプール」特別展が開かれ、そこに当時のジョンの部屋が再現されているという新聞記事の写真を見ておどろきました。まさに、Norwegian woodのベッド!部分敷きカーペット!椅子もない狭い部屋。
 つまり自分の部屋のさまを歌詞にしていたんですね。ミュージアムHPの写真では、壁にプレスリーのポスターがはってあるのが見えますが、新聞の写真ではブリジット・バルドーの写真がはってありました。
<ジョン・レノン・ミュージアムHP>http://www.taisei.co.jp/museum/

 しかし、これは詩ですからね。それでもやっぱりノルウェーの森が名訳という考えもあります。何か日本語をあてはめなければなりませんからね。ちなみにジョンは1977年にNorwegian Woodというコラージュを制作しており、それは森をイメージしているらしいのですが、見たことある方教えてください。
 最後に歌詞を掲載しておきましょう。
=Norwegian wood=

I once had a girl
Or should I say
She once had me
She showed me her room
Isn't it good
Norwegian wood

She asked me to stay
And she told me to sit anywhere
So I looked around
And I noticed there wasn't a chair

I sat on a rug
Biding my time
Drinking her wine
We talked until two
And then she said
"It's time for bed"

She told me she worked in the morning
And started to laugh.
I told her I didn't
And crawled off to sleep in the bath

And when I awoke
I was alone
This bird had flown
So I lit a fire
Isn't it good
Norwegian wood

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# by kugayama2005 | 2005-11-24 00:04 | ♪音楽の楽しみ(欧州スラブ) | Trackback(2) | Comments(8)
2005年 11月 23日

Sergio George Pre.「サルサ ピーナッツ」

いやはやいろいろ素晴らしいCDを譲ってくださるmomo様から、今日はこんなの届きました。ザ・ピーナッツの曲を、彼女たち(ガブリエラ・アンドレス&ジル・アンドリュース)がサルサで歌う。こんなCDがあったとは。すばらしいですねぇ。でもモスラ(♪モスラーや、モスラ)がないのはちと残念。
<お友達のHPにリンク:http://sleepyluna.exblog.jp/d2005-09-13

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# by kugayama2005 | 2005-11-23 00:03 | ♪音楽の楽しみ(アジア太平洋) | Trackback | Comments(4)
2005年 11月 22日

ギジェルモ・ルバルカバ「Rubalcaba」「イサベル女王のダンソーン 」

ゴンサロ・ルバルカバについては何度かアップしたけど、ルバルパパは初めてだったかな。ルバルカバのお父さんだからルバルパパ。ほんとはGllermo Rubalcabaという伊達男で、彼のチャランガOrquesta Rubalcabaといえばハバナでは泣く子も黙り、カストロも泣くというたいへんな存在感、という噂です。ボクはじつは何かどうしてもイヤなことをしなければならないときルバルパパを聴きます。皆さんも鬱な時試してみませんか?
<ブログ内ゴンサロにリンク:http://kugayama05.exblog.jp/d2005-08-08

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# by kugayama2005 | 2005-11-22 06:19 | ♪音楽の楽しみ(北中南米) | Trackback | Comments(0)
2005年 11月 21日

平原綾香「from to」

なんか落ち込んできた。そんなときキミならどうしますか。ボクならこれを聴くな。
<ブログ内リンク:http://kugayama05.exblog.jp/d2005-07-21

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# by kugayama2005 | 2005-11-21 00:01 | ♪音楽の楽しみ(アジア太平洋) | Trackback | Comments(0)
2005年 11月 20日

阿部 薫「WINTER 1972」

まあそういうこともあっただろうと言うだけではやはりすまない。時代とか状況というものにすべて“否!”と言った場合、ヒトはやはり死を選ぶものなのか。1972年冬、これは何者かによって無断で録音された。阿部ははげしくこの録音を嫌っていたという。それはそうだろう、敗北でしかない。しかし阿部はまだこのあと5年は生きた。29歳までだったけれど。

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# by kugayama2005 | 2005-11-20 23:22 | ♪音楽の楽しみ(アジア太平洋) | Trackback | Comments(0)