2018日記【010】浦上玉堂と大田南畝3

2018日記【010】浦上玉堂と大田南畝3


玉堂も南畝も、20歳前に注目される人物になり、40歳過ぎには人生の転換を迫られる。


玉堂は、16歳から24歳まで岡山藩主(池田政香)に側近として仕え水魚の交わりと言われたが、藩主の逝去とともに藩における輝かしい時代は終わった。37歳から43歳までは大目付になって加増されているから、官僚として不成功だったとは言えない。


しかし、書画や詩にひたり世俗を避ける玉堂の様子に、周囲は「仕えを辞めるのではないかと皆思っていた」ところ、岡山を出奔、江戸への途上に脱藩届けを送りつけている。脱藩というとずいぶんものものしい感じだが、周囲の受け止め方は「やはりそうか」という程度のもので、それほどの事件ではないようだ。


【写真】OLYMPUS PEN-FLOMO TRIPLE-43 4/40 SMENA


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by kugayama2005 | 2018-09-12 06:34 | 2018日記 | Trackback | Comments(0)

君の名前の意味を聞いたら “山のきつね” まき毛はいかんせん狐色 瞳は草の緑をうつす好奇心。


by kugayama2005