2018日記【011】浦上玉堂と大田南畝4

2018日記【011】浦上玉堂と大田南畝4


南畝は、19歳で狂歌集を出版すると一躍人気作家となった。五夜連続の観月会を催すなど、江戸人らしい話題を振りまいた。


狂歌の集まりには多士済々が集まり、見知った人を住居に尋ねていくと立派なサムライだったのでびっくりした、というような時代だったらしい。


土山宗次郎という旗本がパトロンとなって、吉原などでさらに盛り上がった。ところが、田沼意次が政権を追われると、土山が横領罪で斬首という事態に至る。


南畝にしろ、金の出所がいささか怪しいということはわかっていたのだろう。関係者が処罰されるなかで、南畝にはなんのお咎めもなかったのが不思議だが、これで狂歌の時代が終わった、


その間、南畝は御家人として御徒組の仕事はしていたわけで、どうも大変な生活だと思うが、実は当時の御徒組は月に数日しか勤務日がなかったらしい。


【写真】OLYMPUS PEN-FLOMO TRIPLE-43 4/40 SMENA


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Commented by ターボ at 2018-09-13 08:49 x
玉堂の絵をみて、姓が浦上か川合かわからなかった
ことがありました。
Commented by kugayama2005 at 2018-09-13 14:48
薩摩殿、東京の青梅に川合玉堂の美術館があるのですが、遠いいです。
Commented by ターボ at 2018-09-14 06:59 x
観に行って、そのあと地酒を飲みました。
どんな絵か忘れたけど、地酒の味は憶えています。
Commented by kugayama2005 at 2018-09-14 23:21
薩摩殿、浦上玉堂の方は、数も少なく分散してるので見にいくにもタイヘンです。
by kugayama2005 | 2018-09-13 06:35 | 2018日記 | Trackback | Comments(4)

君の名前の意味を聞いたら “山のきつね” まき毛はいかんせん狐色 瞳は草の緑をうつす好奇心。


by kugayama2005