2018日記【061】ジュリアン・ジェインズ「神々の沈黙」、スティーヴン・ミズン「心の先史時代」

2018-08-19に、ロジャー・ペンローズの「量子世界が時空とどう関係しているかを明らかにしなければ、意識や心の問題に対する理解は先に進むことができない」「素粒子に意識の契機となる属性があるのだ」という言葉を介して、意識の発生を遠望したのですが、今回は標記2冊の書物によって、先史時代の人々の認知について考えてみます。


以前、「神の喪失にもだえる人としてのイエス」という観点で、新約聖書をそぎ落としていったら何が残るか、と考えたことがありました。しかし、イエスの時代というのは、一方にユダヤ教があり、一方にローマ帝国があるという、もうすでに充分「歴史的」な時代なのです。意識の発生について考えるなら、もっと時間を遡らなければならない。


そうしているうちに、ジュリアン・ジェインズ「神々の沈黙」の中に、そのものズバリの一節を発見してしまいました。その部分を切り詰めて引用します。


『旧約聖書とは<二分心>が失われ、混乱と暴力が起こり、神の声をふたたび得ようと虚しく探したあげく、道徳的規範にその代替物を見出す物語だ』


「<二分心>が失われ(the Breakdown of the Bicameral Mind)」とはいったいなんでしょう?


【参考】ジュリアン・ジェインズ「神々の沈黙」<Julian Jaynes:The Origin of Consciousness in the Breakdown of the Bicameral Mind(1976)>、スティーヴン・ミズン「心の先史時代」<Steven Mithen:The Prehistory Of The Mind

(1996)>


【写真】海岸から名護への秋/SONY DSC-RX0

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Commented by kugayama2005 at 2018-11-15 09:31
サルが来たとシオちゃんが言ってたピコくん、「ホモ・サピエンス」というのは、「アーリア人」と同等程度にアホウな概念だぞっと。イヌやネコは、ニンゲンとともに暮らしてきた、ニンゲン属だからじゅうぶん歴史は語れる。スズメも同様。一番の先輩は、ゴキ様。現れると、私は必ずお酒をふるまう。
Commented at 2018-11-15 10:48 x
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Commented by kugayama2005 at 2018-11-16 03:22
いやしかしなんだよね、歴史の終わりの始まりが、ナポレオン戦争でのプロイセン崩壊だと仮定して、歴史の終わりの終わりは極東で起こるような気がするんだ。フランシス福山は歴史の終わりを前向きに捉えているようだけど、実は国家というインチキおじさんに依存できな事態に、ニンゲンが耐えられるかというと難しいのでは?
Commented at 2018-11-16 08:34 x
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Commented by kugayama2005 at 2018-11-16 10:29
「おでは困らん」と自信を持って言えるのは縄文人だけだな。アイヌもその仲間たち。しかし、大量破壊兵器には負けるんだな。地上の破壊兵器に負けない方法っていうのは、さらなる大量破壊兵器をつくることしかないのだが、そこで「墨子」を思い出した。
by kugayama2005 | 2018-11-15 02:31 | 2018日記 | Trackback | Comments(6)

君の名前の意味を聞いたら “山のきつね” まき毛はいかんせん狐色 瞳は草の緑をうつす好奇心。


by kugayama2005