2018日記【096】日本の「農業化」と律令制崩壊過程 25

うののさらら(持統天皇)

◾️西暦645年 誕生

父は(後の)天智天皇


◾️西暦649年(4)

 ・母が病没?


◾️西暦657年(12)

 ・将来の天武天皇と結婚(つまり結婚相手は叔父)


◾️西暦662年(17)

 ・筑紫で草壁皇子を生む(祖母の斉明天皇の百済救援に同行し九州に来ていた)


◾️西暦663年(18)

 ・白村江の戦いで倭・百済連合軍が、唐・新羅連合軍に大敗


◾️西暦671年(26)

 ・吉野に夫(将来の天武天皇)が引きこもったのに同行


◾️西暦672年(27)

 ・夫、二児とともに吉野脱出を果たすが、桑名に留まる

 ・壬申の乱

 ・夫は天武天皇となり自身は皇后に


◾️西暦681年(36)

 ・夫とともに律令編纂を開始

 ・長男草壁皇子を皇太子に


◾️西暦686年(41)

 ・夫の天武天皇が崩御

 ・大津皇子(草壁皇太子の異母弟)謀反の疑いをかけられ自殺(持統の策略という説あり)


◾️西暦689年(44)

 ・長男の草壁皇太子が病没

 ・飛鳥浄御原令が制定される(無いという説あり)


◾️西暦690年(45)

 ・天皇に即位


◾️西暦697年(52)

 ・持統は上皇(太上天皇)に、持統の孫である軽皇子が文武天皇に


◾️西暦701年(56)

 ・大宝律令制定


◾️西暦702年(57)

 ・崩御


 ※西暦の後に記入した満年齢に相当する数字は単純計算なので、必ずしも事実のあった時の年齢ではない


【写真】掛川城/SONY DSC-RX0

ふと思い立って、徳川家康に縁のある城を見に行きました。家康は浜松城を本拠地として義元なき今川領を圧迫、掛川城を奪取した。


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by kugayama2005 | 2018-12-21 01:33 | 2018日記 | Trackback | Comments(0)

君の名前の意味を聞いたら “山のきつね” まき毛はいかんせん狐色 瞳は草の緑をうつす好奇心。


by kugayama2005