2018日記【106】日本の「農業化」と律令制崩壊過程 35

この迷稿は、うののさららを道しるべに律令国家の誕生を考え、菅原道真を頼りに律令国家の崩壊過程の兆しを探る(つもり)。


645年 うののさらら誕生

845年 菅原道真誕生


なんときっちり200年差。ちなみに今から200年前は、江戸の文化文政時代。


この探索を思いついたのは、実は菅原道真がきっかけ。道真は文章博士で一生を送りたいのにそうはいかず、讃岐国司にされたりしてそこで地方政治の実態をつぶさに経験している。朝廷中心の政治改革に着手しようとするが、実力派官僚の総スカンにあって、太宰府に単身赴任、逝去。


うののさららの祖母、斉明天皇を補佐したのが、かまたり(後の藤原)。道真失脚の背景も藤原である。その間に一本の線、律令制度があるという見立てなわけだ。


律令制の崩壊過程で日本は実質的な戦国時代に突入し、家康の元和偃武までそれは続く、私見、平家滅亡が1185年、元和偃武が1615年、570年戦争なのです。いつまで戦争やってんだよという感ですが、英国人が日本の歴史を知ると、なんやこれ英国と同じやないかと思うそうです。


【写真】金沢城/SONY DSC-RX0

城ファンではないのですが、勢いで、加賀百万石。


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by kugayama2005 | 2018-12-31 00:33 | 2018日記 | Trackback | Comments(0)

君の名前の意味を聞いたら “山のきつね” まき毛はいかんせん狐色 瞳は草の緑をうつす好奇心。


by kugayama2005