2019日記【001】日本の「農業化」と律令制崩壊過程 36

うののさらら(鸕野讃良=後の持統天皇。ぬかたのおおきみ(額田王=後の天智天皇夫人。そして盟主は斉明天皇。


この3人の女性が淀川を下り、難波津から海に出て、瀬戸内の港港を回り、軍の船団を率いて筑紫に着く。


斉明天皇は、(後の)天智天皇、天武天皇兄弟を従えて軍を整える。(軍の渡海以前に斉明天皇は崩御)


白村江の敗北。(後の)天智天皇、天武天皇兄弟は、それぞれ重い敗戦処理を背負うことになる。


西暦663年 白村江の戦い

西暦672年 壬申の乱


壬申の乱に至るまでのこの9年間は、天智、天武、藤原ら官僚、うののさららにとって塗炭の日々だった。


【写真】金沢城/SONY DSC-RX0

謹賀新年。城ファンではないのですが、勢いで、加賀百万石。


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by kugayama2005 | 2019-01-01 23:55 | 2019日記 | Trackback | Comments(0)

君の名前の意味を聞いたら “山のきつね” まき毛はいかんせん狐色 瞳は草の緑をうつす好奇心。


by kugayama2005