2019日記【081】斉明(天智・天武)持統期に至るまでの私的妄想

斉明(天智・天武)持統期に至るまでのしてき妄想」というのは、私的には「天皇ファミリーはなぜ先住者に支持されるに至ったのか」という意味です。


すこし振り返ってみます。


1 大陸系の新知見

◾️行政制度(令)

◾️刑法体系(律)

◾️養蚕・絹織物

◾️本草体系(薬理)

◾️金銀などの貴金属


◾️仏教


2 大陸系の旧知見

◾️水田稲作

◾️製銅・製鉄

◾️麻織物

◾️馬産


◾️道教  陰陽五行

◾️文字文化


これらは、在来の知見(◾️呪術など)

の基礎の上に逐次導入された。「1 大陸系の新知見」を大規模に追求したのが、斉明(天智・天武)持統期だったと妄想するのだ。


そのことは、藤原氏(中臣氏)の拡大、大伴氏や物部氏の後退、葛城氏の消滅にもつながっている。


この時期を「斉明期の始まり655~持統期の終わり703」とし、遡って、さて、天皇ファミリーが畿内ヤマトの地に現れたのは何時なのか?


ひとつの目印になるのが、「箸墓古墳」(奈良県桜井市)の存在だろう。箸墓古墳の造営を西暦250年と仮定すると、日本書紀の記述をそのまま当てはめれば、神功皇后の時代になる。そのことには何も意味はないが、日本書紀の時空間のねじまげを縫って、示唆されるものがある、と妄想する。


天皇ファミリーが、奈良盆地の南方向に受け入れられた時期を、強引に西暦250年と妄想する。持統期の大宝律令制定(西暦701年)を、天皇による中央集権政治の第1歩とすると、その間は450年だ。


【写真】春のメジロン劇場

 EOS 5DS R/EF400mm F5.6L USM


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by kugayama2005 | 2019-03-23 02:47 | 2019日記 | Trackback | Comments(0)

君の名前の意味を聞いたら “山のきつね” まき毛はいかんせん狐色 瞳は草の緑をうつす好奇心。


by kugayama2005