2019日記【083】斉明(天智・天武)持統期に至るまでの妄想 3

◾️大陸の大帝国に対応して、統一した日本国をつくらなければならない、という構想を支援したのは「海の人」---という妄想


史実であるか史実でないかは、私には関係ありません。そういう記述がされたということだけを頼りに、神武天皇の東方行について考えます。


◾️神武天皇

・脱九州(北九州各国の騒乱、南からの熊襲の攻撃を忌避)

・船で日向を出てさっそく漁人に案内を求める(詳しい海路の知識がなかった)

・吉備に逗留すること3年(目的についての戦略は固まっておらず、兵も武器もそろっていなかった)

・河内湾から上陸するもナガスネヒコ(長髄彦)に撃退される(太陽を背負った高地の敵を、低地から攻撃するという初歩的な戦術破綻)-兄ひとり戦死

・紀伊半島を回り込んで熊野に上陸(残された可能性にかけた)-兄ふたり遭難死

・八咫烏(3本脚のカラス)に助けられて紀伊半島縦断(なんとか到達)


日本書紀や古事記になんとなく好感がもてるのは、都合の悪いこともちゃんと書いてあるからです。


【写真】春のヒヨたん劇場

 EOS 5DS R/EF400mm F5.6L USM


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by kugayama2005 | 2019-03-25 01:22 | 2019日記 | Trackback | Comments(0)

君の名前の意味を聞いたら “山のきつね” まき毛はいかんせん狐色 瞳は草の緑をうつす好奇心。


by kugayama2005