2019日記【137】斉明(天智・天武)持統期に至るまでの私的妄想 57

隋の使者・裴世清らが見聞したことが元になっていると思われる、隋書倭国伝には、注目すべき点が多い。特に、日本書紀の記述と合わせて考えれば、裴世清は畿内ヤマトに来ている。(隋書は唐時代に書かれているから、後の遣唐使が隋書を収集し、隋書に合わせて日本書紀を潤色したかもしれない疑念は残るが)


比較をすれば、魏志倭人伝のいうヤマト国(邪馬台国)は、明らかに九州ヤマト国と感じるが、それはさておき、


◾️(筑紫から)又東至秦王國  其人同於華夏  以為夷洲疑不能明也


と裴世清らは言う、つまり「筑紫からさらに東に行くと秦王国である。人となりは中華と同じで、なぜ夷(野蛮人)とするのかよくわからない」と。


その先、隋書では、「十数国を経て海の岸に至る」として、日本書紀では難波津から都に入ったと書かれている。


さて「人となりは中華と同じ」という秦王国とは何か?


【写真】SUMMILUX 1:1.4/50 LEIZ WETZLAR/春の花ばな/OLYMPUS PEN-F


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by kugayama2005 | 2019-05-18 05:30 | 2019日記 | Trackback | Comments(0)

君の名前の意味を聞いたら “山のきつね” まき毛はいかんせん狐色 瞳は草の緑をうつす好奇心。


by kugayama2005