2019日記【160】斉明(天智・天武)持統期に至るまでの私的妄想 80

明治六年、政府の教部省は通達を出し、以下を禁止したもの(梓巫、市子、憑、祈祷、狐下ケ)のうち、


◾️梓巫、


は、神社に所属しない巫女で、装束は巫女と同じ(白衣に赤い袴)だったらしい。「歩き巫女」と言われるように、諸国を旅して降霊などを行った。


◾️市子、


本来、神楽を奉納する巫女のことらしい。現在、降霊による口寄せは、青森のイタコが知られているが、「市子」とイタコは同義だろう。


「歩き巫女」は、語り物、祭文なども行い、(白拍子、かぶき踊りのように)芸能化、遊女化したのではないか。


明治政府による国家神道化にとって、もっとも都合の悪いものだったのだろう。


【写真】NIKKOR-H・C 5cm F2/初夏の花ばな/OLYMPUS OM-D E-M1

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by kugayama2005 | 2019-06-10 00:10 | 2019日記 | Trackback | Comments(0)

君の名前の意味を聞いたら “山のきつね” まき毛はいかんせん狐色 瞳は草の緑をうつす好奇心。


by kugayama2005