2019日記【182】斉明(天智・天武)持統期に至るまでの私的妄想 102

承前:


さらに、那覇のハーリー(爬竜)や、長崎のペーロン(白竜)を含め、龍船による競争は、


◾️入水自殺をした屈原を助けようと、地元の漁師たちが競って船を出した


という伝承によっているという。さらに、屈原の死体が魚に食われないよう、(陽動のため)人びとは粽(ちまき)を作って湖に沈めたという。屈原の自死は五月五日で、この日に龍船競争をし、粽(ちまき)を作るのはそのためだというのだ。


屈原の自殺は、楚の滅亡とともに記憶され、屈原は海運業者に水神として祀られた。


一方、柿本人麻呂は、ワニ氏の末裔といわれている。ワニというのは鮫であって、豊玉姫が日南海岸でワニの姿となり、山幸彦の子(神武天皇の父)を産んだことが思い出されるが、それはさておき、


柿本人麻呂の祖先のワニ氏は、畿内の代表的な水運業者だったらしい。


【写真】東北本線(小牛田盛岡)SONY DSC-RX0


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Commented at 2019-07-02 04:28 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by kugayama2005 at 2019-07-02 07:52
おう、山爺は死んだのかな?、あちこちに不義理をして北に去ったとも聴いているが、石川啄木ぢゃあるまいし。
by kugayama2005 | 2019-07-02 02:01 | 2019日記 | Trackback | Comments(2)

君の名前の意味を聞いたら “山のきつね” まき毛はいかんせん狐色 瞳は草の緑をうつす好奇心。


by kugayama2005