2019日記【204】斉明(天智・天武)持統期に至るまでの私的妄想 124

抱朴子(283年〜343年)<実名は葛洪>は言う、


「儒者は人間は死ぬものという固定観念を脱しえず、神仙を眉唾物だという。私のこの書物(抱朴子)を見たら大笑いし、誹謗するだろう」


として、書物(抱朴子)を一般向けの部分(外篇)と、神仙思想の入門(内編)に分けた。


山上憶良は、「沈痾自哀文」(病に沈み自ら哀しむ文)に「抱朴子内篇」の中の1項目「微旨」から引用しているというが、憶良は「抱朴子内篇」の全編を読んでいたのだろうか?、と考えるとそうではないような気がする。


おそらく、仙薬(金丹や本草)の具体的製造法に関する巻は、朝廷の奥深く秘蔵されていたのか?


【写真】山形線(山形米沢)SONY DSC-RX0


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by kugayama2005 | 2019-07-24 00:03 | 2019日記 | Trackback | Comments(0)

君の名前の意味を聞いたら “山のきつね” まき毛はいかんせん狐色 瞳は草の緑をうつす好奇心。


by kugayama2005