2019日記【263】柿本人麻呂についての私的妄想30

柿本人麻呂=草壁(あるいは忍壁)皇子の舎人説、というのがあって、ナゼかな?、と思っていたが、草壁皇子への挽歌が、


◾️朝廷のお言葉もなさらず月日は経ってしまった。それ故に、草壁皇子に仕えた宮人たちは、どうなっていくのか全くわからない。


と、終わっている点や、


◾️多数の草壁皇子の舎人による挽歌(短歌)が併載されている


点を考えると、確かに、人麻呂は草壁皇子の身辺に仕えていた可能性はある。


それにしても、公的な挽歌に、使用人たちの動静をからめるなど、私的事情を持ち込んで良いものだろうか。おそらく、人麻呂に限っては許されたのだろう。持統天皇が良いと言うものは良いのだ。


さらに、草壁(あるいは忍壁)皇子の身辺にいることから、長男の高市皇子との交流もあった。


高市皇子としては、幼い弟と話しても面白くないので、同年の人麻呂に、


「ところで人麻呂くん、壬申の折にはどこにおりました?」などと聞き、人麻呂は、


「琵琶湖に舟を出し、密かに大海人皇子さまの軍に兵糧を運んでおりました」とか、


さらに高市皇子は、


「人麻呂くん、627日夜の雷雨には遭ったかね?」などと聞く。


人麻呂「はい、私は高島の港で、漁師に変装した間者と会っておりました。高島砦(近江朝方)の様子を、大海人さまの軍にお知らせするためです。その時、対岸の伊吹山に向かって、恐ろしい雷神が乱れ落ちて行ったのです」


高市「ははは、その落雷の下に父上と私はいてね、父上は『神々よ私をお助けくださるのならこの雷雨を止めたまえ』と祈った。すると、時を待たず雷雨は収まった。まあ、夏の通り雨だからね、止んで当然なんだけど、父上はにっこり笑われた」


とか?


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by kugayama2005 | 2019-09-21 22:44 | 2019日記 | Trackback | Comments(0)

君の名前の意味を聞いたら “山のきつね” まき毛はいかんせん狐色 瞳は草の緑をうつす好奇心。


by kugayama2005