2019年 12月 30日
2019日記【353】「日本霊異記」での防人説話 3
さて、日本霊異記の説話(中巻第三話)、概略:
吉志火麻呂(きしの ひまろ)という男が防人に指名された。男の家は武蔵国鴨の里にあり、母は日下部家の女主人だ。
里長の大伴某によって、火麻呂は防人に選任された。母は火麻呂に付き添い、筑紫の地でなにくれと息子の世話をやいた。火麻呂の妻は鴨の里で家を守った。
さて時移り、火麻呂は妻と別れて3年近く、妻恋しさに耐えることができず、とんでもない逆しまな心が芽生えた。「母が死ねば、その喪に服すということで故郷に帰れる。防人をやめて、妻とふたり睦まじく暮らすことができようぞ」、と。
火麻呂は言う。「母上、東の方の山中で、7日間法華経の説法があるそうです。さっそく聴きに行かれては!」
母は心を動かされ、湯あみをして身を清めると、火麻呂とともに山に入っていった。
すると火麻呂の眼が、牛のような畜生の目つきに変わって、母を睨み、「地面にひざまずけ!」と言うので母は、「鬼狂ったか」と問う、と、火麻呂は刀を抜いて母に切りかかった。
火麻呂の刀が母の首筋に達しようとすると、地が裂けて火麻呂はそこに落ち込む。母は落ちようとする息子に飛びついて、すんでのところで、その髪の毛をつかみ、「息子は鬼狂いしたのだ、真の心ではない、罪を許したまえ!」と祈るが、ついに髪が切れて息子は地に呑まれてしまった。
母はその髪の毛を持ち帰り、末長く供養したという。母の慈悲は深く、深いがゆえに悪逆の子にも哀しみの心を垂れたのだ。