2022年 06月 09日
2022日記【159】お釈迦様、最後の旅21
※ お釈迦時代の「車」について補足
以下は「通商・遊行路を想定するにあたっての基礎的要件」「(立正佼成会)中央学術研究所紀要」モノグラフ篇「原始仏教時代の通商・遊行ルート/森章司/金子芳夫」からの引用。
※引用というより長々と書き写してしまってすみません。
「インド誌」という古代の書物には「乗用の動物としては象が上位で、他にラクダ、馬、ロバが使われる。象以外では、乗り物としては四頭だて馬車が高位で、次がラクダだが、一頭の馬に乗るのは卑しい庶民だ」と書かれているらしい。元情報はアレクサンダー王の随行者の目撃とはいえ、信頼性は低そうだ。
<以下は古代インド「実利論」より>
・車道と歩路の違いがあったらしい
・荷物の移動手段としては、人の背、ロバ、ラクダ、馬があり、ロバに引かせる荷車がある
・牛車は記録にない
※畑ムツゴロウ氏がラクダへの騎乗方法をYouTubeで語っており、参考になった。
<以下は古代インド仏教の「律」より>
・人が乗るためのものとして牛車
・ヴァイハ車 (vayha/かご)
・ラタ車(ratha/車)
・サカタ車(sakaTa/荷車)
・サンダマーニカー車(sandamAnikA/戦車)
・山かご(sivikA)
・椅子かご(pATaGkI)など
※「律蔵」がこのような交通手段を挙げるのは、仏教の出家修行者が病気など特別な場合に許容される範囲を挙げたものであって、通常はこれらを利用することは勧められていないという。
↓ 紀元前2世紀ころの「チャクラ」の描写。チャクラ=「法輪」だが、元となるイメージはスポーク構造の車輪。古代インドに侵入したいわゆる「インドアーリア人」は、このような車輪のあるチャクラ戦車を用いて無敵だった。現在のインド国旗も、中央にチャクラが描かれている。