2022日記【177】お釈迦様、最後の旅39


続いてアーナンダは、お釈迦様に質問する。


アーナンダ「お釈迦様のサリーラ(舎利<シャリ>=遺骨)はどうしたら良いのですか?」

お釈迦様「アーナンダよ、お前らは舎利供養などに煩わされず、最高善のために努力し、修行に精進しなさい」

アーナンダ「(でもでも、)お釈迦様のお骨をどうしたら良いのですか?」

お釈迦様「転輪王の遺骨を処理するようにしなさい」


この項も、アーナンダがこの期に及んでそんなことをお釈迦様に聞くか、という態ではあるが、重要な要素らしい。平等通昭氏によると「仏教は解脱を主目的とし、葬儀を意図しなかった」と解説される。平等氏は「最高善のために努力し、修行に精進せよ」こそ仏教の真面目と言う。


この項を読むと、法然の臨終を思い出す。当時は「五色の糸で阿弥陀仏像と臨終者とを結ぶ」という作法が行われていたが、弟子の問いかけに対し法然は「私はそのようなことはしない」と拒絶した。別の表現では「そのようなことは形式でしかなく、私はしない」とも伝わる。


「転輪王」については長くなるので、次回。


■TOKYO雨季雨期/Apo-Macro-Elmarit-TL 60/f2.8 ASPH.Leica TL
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by kugayama2005 | 2022-06-27 17:01 | 2022日記 | Trackback | Comments(0)

君の名前の意味を聞いたら “山のきつね” まき毛はいかんせん狐色 瞳は草の緑をうつす好奇心。


by kugayama2005