2022日記【196】境界と自由382


承前:


現在、今日生まれた言葉が、あっという間に世界的に広まり、そしてほとんどが消えていく、ということを体験している。これまでの歴史上の語彙も、速度はものすごくゆっくりだとしても、同じように現れ、消えていったのだろう。


例えば、Weeabooについて:


米国などで日本のアニメなどにかぶれる変な連中は、Wapaneseなどと罵られていた。そこで、ネットの運営側はWapaneseを差別的用語として拒否し、自動的に「Weeaboo」という無意味な文字列に強制変換した。


それで何が起こったかというと、Weeabooが「日本かぶれ」という意味になり、さらに「日本かぶれ」が増大するにしたがって、侮辱的というよりは、からかう程度の意味になり、さらに「日本かぶれ」自身がWeeabooと名乗るようにもなった。


このような現象は、語彙の変転をひとつひとつ系統だてて証明していっても、言語学的には無意味だということを示している。これまで語彙が保たれるのは5,000年程度というような説もあったが、今や数年で消滅してもおかしくはない。インターネットミームは現代の「バベルの塔」であって、人びとは「バベルの塔づくり・バベルの塔こわし」を楽しんでいる。


だから「南インドの言語が日本語に似ている」かどうか、それを証明するにしても、否定するにしても、学者が生涯をかけて闘ってくださるのは結構です。しかし、われわれにはその語感を楽しむことが必要なので、古事記や万葉集を読むように「エットゥトハイ 古代タミルの恋と戦いの詩」を読むべきなのだ。


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by kugayama2005 | 2022-07-16 17:00 | 2022日記 | Trackback | Comments(0)

君の名前の意味を聞いたら “山のきつね” まき毛はいかんせん狐色 瞳は草の緑をうつす好奇心。


by kugayama2005