2022日記【231】夏の読書009

2022日記【231】夏の読書009


老齢の上田秋成が何物かを否定し、暴言で決めつける場合、それは自ら未完の自己像を破壊しているのであって、何物かを否定しているのではない。例を探してみよう。


「肝大小心録25」上田秋成


三宅石庵は王陽明風の学者で、京の人。元は俳諧師だったぞ。こつをつかんだ俳風は、芭蕉なんぞのインチキ者が近づけるものじゃなかった。


「肝大小心録36」上田秋成


めくらの学者もいる(塙保己一<はなわ ほきいち>こと)。孔子は盲人に「私はここにいる」と言ったそうだが、孔子のお側に出るほどの人物でも、めくらはめくらだ。めくら(塙保己一)を大学者とあがめる江戸、まさに田舎と言うべきぞ。


「肝大小心録101」上田秋成


大威張りの親玉(本居宣長)が「大和心のなんのかの」うろんなことをまたほざく。


「肝大小心録110」上田秋成


(大商人の)三井(伊勢商人越後屋)は浪人者。白木屋(呉服商)は煙管屋。鴻池(醸造業から始めた財閥)は小酒屋。辰巳屋(両替商)は炭屋。神代から続く家のように誇るさま嗤うべし。わしはといえば「曽根崎の遊女の私生児」と言われておる。「今はお山の大将で、友だちもだれもいない」とさ。


「肝大小心録121」上田秋成


宋の詩は綺麗細工の女形人形、明の詩は造り付けのデコ人形、動きが変だ。清の詩人はそれらをかき混ぜで技巧に走り、かえって悪い。


■TOKYO淡色の蓮花
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by kugayama2005 | 2022-08-20 17:01 | 2022日記 | Trackback | Comments(0)

君の名前の意味を聞いたら “山のきつね” まき毛はいかんせん狐色 瞳は草の緑をうつす好奇心。


by kugayama2005