2022日記【232】夏の読書010

2022日記【232】夏の読書010


承前:


上田秋成は「曽根崎の遊女の私生児」であり、母からも捨てられた。4歳の時、堂島の「嶋屋」(紙や油を扱う商店)の主人が養子に迎え入れた。秋成は義父義母に大切に育てられ、俳諧に熱中するなどし、実業についての知識も経験もなかった。


1770年(37歳)※1761年説もある

・養父(上田茂助)の死

・上田秋成「嶋屋」(堂島永来町=現:大阪市北区堂島一丁目)を継ぐ


1771年(38歳)

・「嶋屋」の火災(堂島大火の類焼)で財産を失う(火災時、盗難にあったともいう)

・医業を修めるため医塾に入門


1773年(40歳)

・加島稲荷(香具波志神社/現:大阪市淀川区加島4丁目4)の神職・藤家英の好意で、神社の境内に寓居を設け医業を研修する


1775年(42歳)

・大坂堂島付近(現:大阪市中央区高麗橋)に戻り開業医となる


1776年(43歳)

・「雨月物語」刊行(初稿執筆は1768年説)


1780年(47歳)

・自宅を淡路町切丁(現:大阪市東区淡路町)に(借金までして)購入


1786年に本居宣長との論争


1788年(55歳)

・医師を廃業、近郊の淡路庄村(現:大阪市東淀川区西淡路3丁目)に隠居


1793年(60歳)

・妻の生地京都へ移住、転居を繰り返す


ー続く


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by kugayama2005 | 2022-08-21 17:00 | 2022日記 | Trackback | Comments(0)

君の名前の意味を聞いたら “山のきつね” まき毛はいかんせん狐色 瞳は草の緑をうつす好奇心。


by kugayama2005