2023年 08月 15日
2023日記【227】境界と自由738
◼️慶応2年(1866年)武蔵大打毀し/「冑山防戦記」(安藤野雁)2
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承前:
4(一揆勢には)兵器を持っている者はおらず、人を傷つける者もなく、物をかすめとる盗賊でもなく(彼ら一揆勢は)どのくらいの集団であるのかもわからない。
5 武蔵国の内の数ある郷村の中でも、名栗、吾野、成木という所は、秩父の山あいであって、田から取れる穀物は無いに等しい地だ。最近は米価が高騰したというだけではなく、たいがい米そのものが世の中で欠乏している。だから米を他方に売らないので(困った農民は)飯能あたりの富豪に米を借りようとしても貸してくれないとすると、どこからか買って来るしかないが、帰路に猛々しい盗人に奪い取られてしまったりする。そうであるからその辺りの(困窮した)人たちは、命生きる方法がなく、心が荒んで、このような騒擾がおきたのだ。
6 ※禍津日神(まがつびかみ)の御霊が混じり合っていたのであろうが、幕府や藩の公人は(窮民の)憂を聞く余裕もなかったのだろうか。畏れ多い、哀れなことだ。
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※禍津日神(まがつびかみ)は、イザナギが黄泉の国から帰り、ミソギで落としたケガレから生まれた神。著者の安藤野雁は、本居宣長の後継者(養子)本居大平(おおひら)から教示を受けていたらしく、本居系の解釈では禍津日神は悪神とされる。
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↓ 埼玉県飯能市下名栗の道路沿いにある壁画「名栗武州世直し一揆」(詳細不明 山田直行氏の原画?)/GoogleMap


