2023日記【231】境界と自由742

◼️慶応2年(1866年)武蔵大打毀し/「冑山防戦記」(安藤野雁)6

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承前:

14  そもそも彼ら(一揆衆)が打毀した対象は、やかましく国の商売に騒ぎ、世の憂を顧みない、蟹の横歩き浜商人、あるいは米を安く買いたたき高く売る市場の商人。さらに、抵当を取って財宝金銀を高利で貸す者だろう。根岸友山の家などは関係がないのだ。家蔵に目をつけて誘導する者がいて、そんな里はないのにあるように空想し、間違った行動を起こしてそれに盗賊なども混じり、そんな集団ができるのだ。この15日夜に襲来した者どもも、そういう連中だろう。なぜかというと彼らは、如何にも了見の狭い哀れな者で「中山道に出て横浜まで行き、世のために身を捨てて鬱憤を晴らして死のう」などと言っているのだ。

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野雁は「蟹の横歩き浜商人(生糸商人)」と罵倒しておきながら、一揆衆が「横浜に行って死んでやる」と言うのを哀れな無知としている。ここにある問題を推測すると:

1 横浜開港(1859年)による既存(生産・流通)構造の変質

2 米国の領事裁判権を認め、関税は日本に決定権がない不平等条約(1858年)への怒り

3 以上を具体的に反映した「旧来の養蚕・生糸生産の分化」※この点はやや想像の域を脱しないが、養蚕から製糸までを一貫して行なっていた農家が(輸出用に製品を規格化するため)単なる「繭生産者」になってしまったことは事実のようだ。つまり事業の旨みは浜商人(生糸の輸出業者)に集中した。一揆衆が「横浜に行って死んでやる」と言うのもあながち的外れではない。

という事態なのではないか。野雁は1、2についは知っているが、3についてはあまり知識がなかったと思う。

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松山半山/横浜市中に於いて外国人生糸を見分る図/明治初期

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by kugayama2005 | 2023-08-19 17:00 | 2023日記 | Trackback | Comments(0)

君の名前の意味を聞いたら “山のきつね” まき毛はいかんせん狐色 瞳は草の緑をうつす好奇心。


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