2023日記【238】境界と自由749

承前:

安藤野雁が根岸友山邸に世話になり、つまり居候をしていたのに、同じく根岸邸に寄宿した寺門静軒とのいきさつがないのは不思議だと思っていた。(年月日はすべて新暦換算)1867428日に野雁は亡くなり、寺門静軒が根岸家に定住したのはちょうどその頃らしい。寺門静軒も翌1868416日に亡くなった。ということで、安藤野雁を軸に考えればすれ違いだが、実は寺門静軒の娘が1854年に根岸友山の弟と結婚している。つまり寺門静軒にとって安藤野雁は、北武蔵にやってくる多くの文人・学者のうちの無名のひとりでしかなかったのだろう。

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このあたりの事情については過日入手した一書(「近代異色歌人像」/湯本喜作/昭和39年/洋々社)で(1)根岸家では儒者である寺門静軒が歓迎された(2)野雁は放浪の歌人という位置付けだったのではないか、という指摘が紹介されている。

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◼️安藤野雁(あんどうぬかり/のかり)1815413日〜1867428日/著作「万葉集新考」など

◼️寺門静軒(てらかどせいけん)1796年〜1868416日/著作「江戸繁盛記」など

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寺門静軒 この肖像画の作者は根岸友山の弟で、すなわち寺門静軒の娘「まち」の夫である根岸三蔵<雲外桂>/熊谷市ウェブサイト

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ところで今回気づいたのは、寺門静軒を江戸から追放した鳥居耀蔵は、寺門静軒と同年生まれだということ。(1796年/寛政8年)













by kugayama2005 | 2023-08-26 17:00 | 2023日記 | Trackback | Comments(0)

君の名前の意味を聞いたら “山のきつね” まき毛はいかんせん狐色 瞳は草の緑をうつす好奇心。


by kugayama2005