2024日記【022】境界と自由903

承前:

それで、「松尾芭蕉終焉の地」(大阪市中央区久太郎町3丁目の御堂筋)と、「井原西鶴終焉の地」(大阪市中央区谷町3丁目の谷町筋)が非常に近いことから、そうだそれならと、宝井其角「芭蕉翁終焉記」で確認しようと思った。

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其角を中心にして、芭蕉と西鶴の最晩年のなんらかの接触がわかるかもしれない。

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だが、私の勘違いで、西鶴の終焉は1693(元禄6)年秋、芭蕉の終焉は1694(元禄7)年晩秋で、西鶴が芭蕉の最期を知るわけがなく、其角も吹飯の浦に寄り道していたが病んだ芭蕉を追って駆けつけ「涙せきあげてうずくまりける」という状況だった。

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↓ 芭蕉は「暗峠」で生駒越えをし、大坂に向かった。峠道の石畳は江戸時代のものと言われている。画像はGoogleMapより。

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by kugayama2005 | 2024-01-22 17:00 | 2024日記 | Trackback | Comments(0)

君の名前の意味を聞いたら “山のきつね” まき毛はいかんせん狐色 瞳は草の緑をうつす好奇心。


by kugayama2005
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