2025日記【333】境界と自由1585

承前:

宣長先生の古墳覗き4

倉梯(現:桜井市倉梯)に至った宣長一行は、ある家で休んでいた。宣長はその家のあるじに「崇峻天皇の都はどこでしょう」と聞くと、子どもを案内に出してくれた。2〜300メートル行くと、わびしい寺があって、その小堂に聖徳太子、崇峻天皇の名を書きつけたものがたっている。しかしいかにも新しいもので、価値があるとは思えない。宣長らは先の家に戻り「崇峻天皇の陵はどこでしょう」と聞くと、「それなら陵山というところに奥深いほこらがあります」

◼️そんなことも知らないで、通りすぎて来たことだ、すごく悔しい。ここからは2キロ以上も戻るというので、行かずに終わった。

宣長先生ひとりなら断固戻ったろう。

↓ 行った「崇峻天皇倉梯岡陵」/奈良県桜井市倉橋306

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↓行きすぎてしまった「赤坂天王山古墳」/奈良県桜井市倉橋2846

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by kugayama2005 | 2025-11-29 17:00 | Trackback | Comments(0)

君の名前の意味を聞いたら “山のきつね” まき毛はいかんせん狐色 瞳は草の緑をうつす好奇心。


by kugayama2005
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