承前:
「菅笠日記」の本居宣長は、酒船石も見ている。つまり、高松塚古墳やキトラ古墳の近くを通った。その当時、高松塚古墳やキトラ古墳の壁画を見ることができたら、宣長先生の心は平穏ではなかったろう。それはあまりに大陸風だから、衝撃を受けたに違いない。高松塚古墳やキトラ古墳は古墳時代の終末期であって、白村江や壬申の乱の後だし、すでに遣隋使や遣唐使も行われている。つまり、当然ながら高松塚古墳やキトラ古墳の壁画の印象から離れるべきだと思う。

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