2025日記【335】境界と自由1587

承前:

「大王家」の当主が「天皇」という概念に至ったのは、継体天皇からだ、という説。考えてみれば、継体天皇は実業家だったのだろう。琵琶湖西岸の高島を本拠地としていたというから、これは水運業ではないか。大王家を継ぐことを受け入れても20年以上も大和の地へは入らず、樟葉(現:枚方市北部)などに留まった。これは淀川の水利に着目したからだと推測されている。その結果、奈良から難波に出る大和川系の水運は衰退し、継体体制に組み込まれていった。

↓ 淀川は上流から桂川+鴨川、宇治川+木津川の水を集める。対岸は山崎、天王山方面/GoogleMap

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by kugayama2005 | 2025-12-01 17:00 | 2025日記 | Trackback | Comments(0)

君の名前の意味を聞いたら “山のきつね” まき毛はいかんせん狐色 瞳は草の緑をうつす好奇心。


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