2025年 12月 23日
2025日記【357】境界と自由1609
承前:
さてそこで急に、「去来抄」に飛ぶ。芭蕉先生の向井去来あての手紙をつらつら読んでいたら、最初はすげなかった芭蕉先生が、すっかり去来に信頼を傾けていく様子がうかがえる。芭蕉先生は本来、京都が好きじゃなかったのだと思う。したがって京都人も好きになれない。おそらく、伊賀藤堂藩の下働きをしていた若年期、京都に派遣されていろいろ嫌な目にあったのだろう。だが去来はもともと長崎の生まれで、父が医師をしていた長崎の家をたたんで京都に出たので京都人になった。(ちなみに当時は長崎が外科の中心地で、京都が内科だった)兄が医業を継いで、去来は20歳半ばまで公家へ奉公に出た。


