2018年 09月 09日 ( 1 )

2018日記【009】浦上玉堂と大田南畝


玉堂と南畝は、江戸時代の天明、寛政、文化、文政というような時代を生きています。


1745 玉堂、生まれる

1749 南畝、生まれる


1760 玉堂(16歳)岡山藩主の側近となる

1767 南畝(19歳)狂歌集を刊行し評判となる


✳︎田沼意次/商業の振興

✳︎松平定信/寛政の改革


1787 南畝(39歳)狂歌を離れ、随筆へ


1794 玉堂(50歳)池田藩を脱藩

1796 南畝(48歳)幕府の支配勘定に出世


玉堂(50~65歳)江戸、会津、長崎、水戸、金沢などを歴訪。それ以降は主に京都在住。


南畝(51歳~)大阪銅座、長崎奉行所に赴任、多摩川治水を命じられるなど生涯官僚として勤務。


✳︎玉堂と南畝は長崎で際会


1820 玉堂(76歳)没

1823 南畝(75歳)没


【写真】solitude binarystar TOKYO


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by kugayama2005 | 2018-09-09 06:37 | 2018日記 | Trackback | Comments(0)

君の名前の意味を聞いたら “山のきつね” まき毛はいかんせん狐色 瞳は草の緑をうつす好奇心。


by kugayama2005