2018年 11月 05日 ( 1 )

蘇我氏が突然に天皇周辺で力を増した背景には、蘇我氏が保有していた舶来の技術と、技術者があったと言われています。そして宮中クーデターによって、蘇我氏が排除されたことは周知の通り。


それで蘇我氏とは何者かということになりますが、これは私のいいかげんな妄想ですけど、「我は蘇なり」という意味で、蘇から来た人でしょう。古事記の編纂者として自ら名乗っている稗田阿礼(ひだのあれ)は、「稗田村のおれだよ」という意味で、分かる人には分かるらしいというのを参考にしました。


蘇というのは三国志の時代で言えば、呉の北端です。呉の滅亡に伴って、呉人が海へ逃れ、日本列島や朝鮮半島の慶州あたりに着いてもおかしくはない絶好の位置関係です。


また、サーサーン朝ペルシアから多くのペルシア人が唐の長安にやって来て、さらに運河と長江の水運によって寧波あたりまで来ていただろう。


蘇我氏の墳墓と、慶州の墳墓から発見されたローマングラス(ローマ製のガラス器)が瓜ふたつというのも納得できます。ペルシアのガラス器は、正倉院に「白瑠璃碗」として収蔵されています。


ということは、珍品のローマングラスは自分の手元に置き、ペルシアングラスは贈答品として手放したのか、などとこれは妄想です。


ところで蘇州博物館というのが人気で、写真撮影もオーケーらしいです。行ってみたいですね。


【写真】コザの秋/SONY DSC-RX0


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by kugayama2005 | 2018-11-05 01:09 | 2018日記 | Trackback | Comments(0)

君の名前の意味を聞いたら “山のきつね” まき毛はいかんせん狐色 瞳は草の緑をうつす好奇心。


by kugayama2005