2019年 01月 30日 ( 1 )

持統天皇の和歌、


春過ぎて夏来るらし白栲(しろたえ)の衣干したり天の香具山


【私訳】春が過ぎて夏が来たらしい。夜明け前、香具山の上にスバルが登ってきた。スバルは白く輝く連星で、清い乙女たちの巫女衣が吊るしてあるかのようではないか。さあ、季節の農事に取りかかろう。


さて、この持統天皇歌は、額田王が成り代わってつくったもの、私見。


1 額田王はその時まで生きていたのか


額田王は、壬申の乱当時、近江朝にいただろう。なぜなら、近江朝の主、大友皇子は額田の義理の息子(父は天智天皇)だから。大友皇子は即位こそしていないが天皇同等の者だ。大友皇子の妃、十市皇女は天武天皇の長女であり、母が額田王なのだ。


壬申の乱で近江朝はもろくも崩壊し、人々は四散した。その前に、天武の絶対的命令が発せられていただろう。


1(最愛の娘)十市皇女を必ず救い出せ。

2(最愛の元妻)額田王を必ず救い出せ。

3 大友皇子は目立たぬところに誘導してなきものとせよ(証拠の首を持ってこい)。


(おまけ)藤原不比等がいるかもしれないけれどいたら保護したらどうかな。


1~3は完璧に実行された。(十市皇女は無残なことに、この6年後に自死あるいは謀殺され、天武天皇は号泣することになるけども)


【写真】高岡城址/SONY DSC-RX0


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by kugayama2005 | 2019-01-30 00:00 | 2019日記 | Trackback | Comments(0)

君の名前の意味を聞いたら “山のきつね” まき毛はいかんせん狐色 瞳は草の緑をうつす好奇心。


by kugayama2005