2019年 01月 31日 ( 1 )

持統天皇の和歌、


春過ぎて夏来るらし白栲(しろたえ)の衣干したり天の香具山


【私訳】春が過ぎて夏が来たらしい。夜明け前、香具山の上にスバルが登ってきた。スバルは白く輝く連星で、清い乙女たちの巫女衣が吊るしてあるかのようではないか。さあ、季節の農事に取りかかろう。


さて、この持統天皇歌は、額田王(ぬかたのおおきみ)が成り代わってつくったもの、私見。


額田王は、天武、天智の妻だったが、天智天皇崩御後も近江朝にとどまり、壬申の乱で娘の十市皇女とともに救出された。


その後、中臣大島(なかとみのおおしま)という貴族と再々婚したという説がある。中臣大島は、持統天皇即位の神事で重要な役目を果たしている。したがって、そうであればなおさら額田王は持統天皇の近くにいたことになる。


ただし、「春過ぎて夏来るらし・・・」は万葉集によると、持統天皇が孫に譲位した時の歌という。そうなると額田王の3人目の夫大島は4年前に逝去しており、持統天皇の近くに額田王がいたという推定はやや強引かもしれない。


しかし、額田王は持統天皇の吉野行幸にも同道しているらしいので、直接の交流があったのだろう。何よりも気難しい持統天皇なのに、額田王に対しては優しい気持ちで接しているように思える。「少女うののさらら」として、才色兼備の額田王をあこがれの目で見つめていた気持ちを、保持し続けていたのではないか。


【写真】高岡城址/SONY DSC-RX0


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by kugayama2005 | 2019-01-31 00:08 | 2019日記 | Trackback | Comments(0)

君の名前の意味を聞いたら “山のきつね” まき毛はいかんせん狐色 瞳は草の緑をうつす好奇心。


by kugayama2005