2019年 02月 01日 ( 1 )

万葉集初期の歌は、歌人がその創造力を自由に発揮したものではないらしい。歌は呪力であり、言葉が口から出ることによって、現実を変容させるのだ。つまり、政治的(まつりごと)な行為であり、私的な行為ではない。


しかし、歌が公的行為だったとしても、歌人の個性と、期待される政治性とが合一するからこそ呪力が生まれる。額田王が天才蛇巫(だふ)詩人であるとすれば、一時代後の柿本人麻呂は、私見、鬱々の宮廷詩人と言える。


柿本人麻呂は、官位は低いが、持統天皇即位から崩御まで、その近くにいた。したがって、額田王とは多くの接触があったろう。


柿本人麻呂は持統天皇より15歳ほど年下。持統天皇が45歳で即位したとして、柿本人麻呂は推定30歳だ。額田王は生没年不詳だが、60歳前後だろう。ちょうど15歳づつ違うという、配合の妙。子どもを産むのが早かった時代においては、祖母、母、子のトリオだ。


額田王が30歳だった時と、柿本人麻呂が30歳である時とでは、時代に大きな相違がある。その相違をつくりだした原動力の持統天皇が、年齢的にその真ん中にいるという不思議。


【写真】万葉線高岡軌道線/SONY DSC-RX0


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by kugayama2005 | 2019-02-01 00:57 | 2019日記 | Trackback | Comments(0)

君の名前の意味を聞いたら “山のきつね” まき毛はいかんせん狐色 瞳は草の緑をうつす好奇心。


by kugayama2005