2019年 02月 03日 ( 1 )

柿本人麻呂については、「安騎野(あきの)の冬猟」に沿って考えたいのだが、その前に持統天皇の四軸、


◾️額田王=天才蛇巫詩人

◾️柿本人麻呂=鬱々宮廷詩人

◾️藤原不比等=政治企画装置

◾️物部麻呂=政治暴力装置


について整理したい。


額田王(ぬかたおおきみ)を蛇巫(だふ)と断言したのは、吉野裕子先生です。


蛇巫の古典的イメージは、


1 蛇神と交わり

2 蛇の子を産み

3 その子を箱に入れて育てる


というものだそうです。


額田王は、美貌の才女として最大級の賛辞が送られていますが、その本質は蛇巫の強力な呪力にあります。


うののさらら(持統天皇)が、額田王を尊重していただろうという推定については何度も触れましたが、実はその呪力については認めていないのではないか。(呪術より陰陽五行を採用)


なぜなら、額田は斉明天皇の影となって唐との戦争に臨んでいったが、結果は白村江の惨敗で終わる。しかも、斉明天皇は戦い以前に、筑紫で崩御しているのだから。


天武の若妻うののさらら(持統天皇)17歳は、じっとその状況を見ていたに違いない。彼女はその時、筑紫で長男(草壁)を出産している。


後年、額田王の長女・十市皇女(父は天武天皇)の急死事件が起こる。額田・十市の母娘は、壬申の乱の戦禍のなか、おそらく天武の強い指示によって救出された。こう見てくると、天武の近江朝攻撃のひとつの目的は、額田・十市母娘の奪還にあったかもしれないと思えてしまうのだが。


壬申の乱6年後、天武は、愛娘十市の存在を強調しようとしたのか、新しく設けた斎宮行きの斎王にしたらしい。十市が、天武側の人間であることを示したかったのだろう。しかし、出発のその朝、十市は宮中で倒れた。


このいかにも不自然な出来事は、額田王にとって大きな悲しみである以上に、額田が宮中での立場を失ってもおかしくない事件だ。しかし額田は消えてはいない。


【写真】IRいしかわ鉄道~あいの風とやま鉄道~日本海ひすいライン(えちごトキめき鉄道)/SONY DSC-RX0

◾️JR北陸本線バラバラ事件

○IRいしかわ鉄道(全長17.8Km:金沢~倶利伽羅)

○あいの風とやま鉄道(全長100.1Km:倶利伽羅~市振)

○日本海ひすいライン(全長60.3Km:市振~直江津)


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by kugayama2005 | 2019-02-03 00:00 | 2019日記 | Trackback | Comments(0)

君の名前の意味を聞いたら “山のきつね” まき毛はいかんせん狐色 瞳は草の緑をうつす好奇心。


by kugayama2005