2019年 02月 04日 ( 1 )

柿本人麻呂については、「安騎野(あきの)の冬猟」に沿って考えたいのだが、その前に持統天皇の四軸、


◾️額田王=天才蛇巫詩人

◾️柿本人麻呂=鬱々宮廷詩人

◾️藤原不比等=政治企画装置

◾️物部麻呂=政治暴力装置


について整理している。


藤原不比等と物部麻呂。


藤原不比等は、藤原鎌足の息子。10歳で父を失ったのち、近江朝周辺にいたらしい。壬申の乱の時は、まだ13歳だ。30歳になるころまで、藤原不比等は天武朝の下級官僚として生きていたのかもしれない。


これは天武朝の制度改革のひとつに、新規採用の官僚は下級職で採用するという政策があったかららしい。政治任用を否定したわけだ。


しかし、藤原鎌足の実力を知る天武と持統が、その息子に注目しないわけはない。慎重に10年以上をかけて観察し、近江色を抜いていったのだろう。天武・持統の息子である草壁皇子の近くにいたらしいので、庇護されていたわけだ。(不比等は草壁より3歳年上)


なお、額田王の再々婚の相手ではないかという説もある中臣大島は、草壁側近として不比等の同僚だ。(額田は引く手あまた)


藤原不比等の時代、


1 持統天皇譲位、孫の文武天皇即位

2 持統天皇を新設の太政天皇に

3 不比等、娘を文武天皇に嫁がせる

4 大宝律令を改正(養老律令)


鎌足の時代とは違い、制度改革という形式を踏んでいる。斉明・天智+鎌足の時代における「律令制」は政治思想でしかなかったが、不比等の時代には古代的な法の支配が始まっている。


考えてみれば、聖徳太子のころに始まった「ルックウェスト政策」が、100年程度で結果を出してしまうというのもすごい話だ。諸事情を勘案すれば、明治維新や戦後民主主義同様以上のスピード感があるのかもしれない。


私見、朝廷のアドバンテージ(1)外来人の知見・技術を、特に乙巳の変(蘇我蝦夷排除)以来、独占(2)百済滅亡で亡命してきた百済貴族を占有し、漢字情報を独占。地方有力者は、漢字情報についての収集意欲が弱かったのか?  地方で漢字学習が進んだのは、律令制によって行政文書を作成する必要に迫られたから。


もっとも、朝廷も初期には渡来人に漢字使用の仕事を丸投げだったようだけど、何か明治のお雇い外国人を思い出す。最初だけ外人にやらせて、次には日本的なものにしてしまう。何代も前に来た渡来系の人々は、新たにやって来た百済貴族の最新知識に太刀打ちできなかったのかもしれない。


【写真】IRいしかわ鉄道~あいの風とやま鉄道~日本海ひすいライン(えちごトキめき鉄道)/SONY DSC-RX0

◾️JR北陸本線バラバラ事件

○IRいしかわ鉄道(全長17.8Km:金沢~倶利伽羅)

○あいの風とやま鉄道(全長100.1Km:倶利伽羅~市振)

○日本海ひすいライン(全長60.3Km:市振~直江津)


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by kugayama2005 | 2019-02-04 03:00 | 2019日記 | Trackback | Comments(0)

君の名前の意味を聞いたら “山のきつね” まき毛はいかんせん狐色 瞳は草の緑をうつす好奇心。


by kugayama2005