2019年 03月 08日 ( 1 )

◾️天候祈願


天候祈願や天文呪術は、人類共通の心性だろう。しかし、それらは政治的なものと言える。代表的なものは雨乞いだ。


皇極(後の斉明)天皇即位の年、秋、雨が降らなかった。


1 民間では神官(祝部)の指導のもとに、いろいろなマジナイをして降雨を期待したが、効き目はなかった。


2 蘇我大臣は、大乗経典の転読によって雨乞いをさせたが、ほとんど効き目がなく止めた。


3 皇極天皇が雨乞いをすると、雷鳴が鳴り響き、五日間雨が降り続けた。民々は「徳のある天皇だ」とたたえた。


この「日本書紀」の記述は、単に雨乞い合戦の記録ではない。


1 呪術(既に滅ぼされた物部支配)

2 仏教(近々滅ぼされる蘇我支配)

3 天皇(近々確立される天皇法治)


呪術ではまったく効き目がなく、仏教ではほとんど効き目がなく、天皇が祈ればものすごい効き目なのだ。


日本人は今も昔も実利を好む。近代化前に来日した西洋の宣教師は、日本人の信仰心のなさを嘆いている。日本人は神を信仰するのではなく、神に何かをしてほしいだけなのだ、と。


確かに、初詣にあれだけの人が押しかけるのも、家内安全、合格祈願などなど、一応神様に言っておくと気が済んで、そのまま忘れるのである。


この皇極期の雨乞いの記述は、ややシニカルに、「呪術、仏教とやってみたがダメだった。天皇中心の法治が必要なわけだ」ということで、天候祈願も政治であり、この時期に意識的な古代からの決別があった。


おそらく、天候の変化に詳しい人物が、「今こそ雨乞いのチャンス」と助言しているのだろう。「今こそアベノミクスのチャンス」というのと変わらない。民々にとって農作に不可欠な降雨は、金融政策と同義だ。


【写真】セイタカシギ  早春のセイタカたん

 EOS 5DS R/EF400mm F5.6L USM


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by kugayama2005 | 2019-03-08 02:15 | 2019日記 | Trackback | Comments(0)

君の名前の意味を聞いたら “山のきつね” まき毛はいかんせん狐色 瞳は草の緑をうつす好奇心。


by kugayama2005