2019年 03月 24日 ( 1 )

この時期、すなわち斉明(天智・天武)持統期に、日本国という概念をまがりなりにも実体化しなかった場合、


◾️相当後まで、統一国家は出現しなかった可能性がある


ということについてです。統一国家が良いかどうかは別の問題として。


やはり、隋から唐という大帝国が大陸に出現し、グローバリズムの波が列島に到達したのでしょう。情報の波であり、経済の波及です。そして端的な痛みとしての軍事です。


白村江の戦いで、日本の数多い水軍が、唐の大船に完敗しました。唐・新羅の連合軍が、そのままの勢いで北九州から瀬戸内海に突入してくれば、おそらく防ぎようがなかったのです。


百済再興にかけた斉明天皇が筑紫の地で崩御して以降、ふたりの息子、すなわち天智・天武、実務者としての藤原鎌足の苦悩は大きかったと思います。


大陸の大帝国に対応して、統一した日本国をつくらなければならない、という構想を支援したのは誰か?


結論から私の妄想を申し上げると、それは「海の人」。


【写真】春のメジロン劇場

 EOS 5DS R/EF400mm F5.6L USM


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by kugayama2005 | 2019-03-24 00:11 | 2019日記 | Trackback | Comments(0)

君の名前の意味を聞いたら “山のきつね” まき毛はいかんせん狐色 瞳は草の緑をうつす好奇心。


by kugayama2005