2019年 05月 22日 ( 1 )

大陸に、隋〜唐の巨大帝国ができた。推古(天皇)聖徳太子(皇太子・摂政)の時期、その影響はただちに顕在化した。帝国の論理が、波頭を越えて打ち寄せた。


それらは、唐が衰微し、日本では平安朝の貴族文化が開花するまで続いた。


その間は、おおよそ、


◾️聖徳太子の生誕(574年)から

◾️菅原道真の逝去(903年)まで


とすると、奇しくも遣隋使の創設〜遣唐使の廃絶の間ということになる。おおよそ330年間。


ローマ帝国、大英米帝国?、の存続時期に当てはめてみても、時間的なスケールを感じることができる。


◾️ローマ帝政成立(前27年)から

◾️コンスタンチノポリスへの遷都(330年)まで


◾️英国の産業革命(1760年)から

◾️現代(2019年)まで


そこで、推古(天皇)聖徳太子(皇太子・摂政)が急ぎ遣隋使を仕立て、隋の皇帝と対等に発言しようとした。文化的な共通基盤を求めて、仏教、儒教の導入を選択した。


推古天皇の後継は、聖徳太子(皇太子・摂政)と決まっている。「日出處天子」が隋の皇帝と対峙する、そういう日が来るのか?


【写真】SUMMILUX 1:1.4/50 LEIZ WETZLAR/春の花ばな/OLYMPUS PEN-F

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by kugayama2005 | 2019-05-22 00:04 | 2019日記 | Trackback | Comments(0)

君の名前の意味を聞いたら “山のきつね” まき毛はいかんせん狐色 瞳は草の緑をうつす好奇心。


by kugayama2005