2019年 07月 05日 ( 1 )

◾️古代中国の詩集=北方の「詩経」、南方の「楚辞」


「詩経」は、もともと舞踊を伴う歌謡だそうだ。そして、「楚辞」は読むものだという。


初期万葉にも、舞踏を伴う歌謡があり、旧約聖書の「詩篇」も歌謡だという。


「歌い舞うもの」から「読むもの」への変遷は、もちろん文字によって起こったことだろう。


「言葉が神だった」時代が終わって、「文字が神になった」時代となる。


旧約聖書では、「神は「光あれ」と言われた。すると光があった」と言うが、有名な「始めに言葉ありき」(ヨハネ福音書)は、イエスの死後100年余りたって書かれ(まとめられ)たものだから、すでに神の言葉は客観的に定義され、文字に定着されている。


列島でも「荒ぶる神」が過去のものになりつつある時代、そのことが起こったのだろう。白川静氏の言う、「古代集団(坐祝集団)は都を追われ、諸処の聖地を彷徨しながらついに崩壊する」時だ。


【写真】東北本線(小牛田盛岡)SONY DSC-RX0


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by kugayama2005 | 2019-07-05 01:59 | 2019日記 | Trackback | Comments(0)

君の名前の意味を聞いたら “山のきつね” まき毛はいかんせん狐色 瞳は草の緑をうつす好奇心。


by kugayama2005