2019年 07月 07日 ( 1 )

◾️白川静氏「古代集団(坐祝集団)は都を追われ、諸処の聖地を彷徨しながらついに崩壊する」


ということを柿本人麻呂に重ね合わせて考えると、人麻呂の実像が垣間見えてくる。


柿本人麻呂は、天武・持統に政治任用された詩人だ。つまり、既存の貴族体系とは無関係なのだろう。持統天皇の最側近にいながら、必ずしも天皇の視線でものを見ていないという面もある。


持統側近の歌人として活動していた時期「以外」の人麻呂の役割は、全国の情報を朝廷もたらすことにあったと思う。人麻呂の行動範囲の広さのゆえんは、海運を駆使できたことにある。


当時のさし迫った問題とは、


大陸との緊張関係を応用し、近畿ヤマト支配を完結すること

戦略物資(米や金属・鉱物)の帰属を朝廷に一元化すること


であり、柿本人麻呂はそのことに関連して、諸方を旅しているのではないか。同時に、天皇一族のもっとも奥深く隠されている、継承問題をも深く知ることになった。ーーーそのことが、統一国家が現れてきた時(大宝律令制定)、朝廷には柿本人麻呂の居場所がなくなったのだろう。


【写真】東北本線(小牛田盛岡)SONY DSC-RX0


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by kugayama2005 | 2019-07-07 00:01 | 2019日記 | Trackback | Comments(2)

君の名前の意味を聞いたら “山のきつね” まき毛はいかんせん狐色 瞳は草の緑をうつす好奇心。


by kugayama2005