2019年 08月 23日 ( 1 )

◾️(ところで最近思うのは、天武は近江朝攻撃に失敗した場合、東国に国を立てる計画だったのではないか。その点については後述)3


天武天皇は東国に興味と好意を持っており、信濃に仮宮をつくらせようとした。おそらく計画は中止になったようだが、温泉に入りたかったのか、と日本書紀では推察している。


また晩年、

伊賀、伊勢、美濃、尾張の各国(調・役を隔年で免除)

東山道の美濃以東、東海道の伊勢以東の位階のある貴族(役の免除)

に、減税を実施している。


これは壬申の乱で大海人(天武天皇)を実力で支援した地域、人びとだ。体調の悪化を意識した天武天皇の、東国に対する感謝の意と思われる。


(ただし減税効果はいかがなものだろうか。天皇から調を猶予されて、民からは調を取れれば美味い話だが、それでは民情不穏だ。各国はおそらく調で中間利益を得ているだろうから、調を免除されても良し悪しだろう。国に対しては、隔年で調と役との免税をしているが、役の免除は民にとっては良いことかもしれない。後年、大宝律令では、役は庸布庸米で収めることに変質したようだ。役は民を実際に使役するわけだから、特に防人で大きな負担を経験した東国にとっては、大きな困難だったろう)


いずれも東国との強い人脈の存在が推察され、それは一朝一夕で出来上がったものではない。幼少年期、凡海(おおあま)氏に養育されていたことも関係しているだろう。(天武天皇を養育したオオアマの宿禰アラカマ氏は、天武の葬儀で一番に弔辞を述べている。内容が伝わらないのは残念だが、強いつながりを感じる)


◾️近江朝攻撃では、敗北もありうる(その際には尾張氏を頼り、東国に拠点をつくりたい)


東国勢は、手際よく不破の関を固めた。近江朝突入に失敗しても、不破以東で連合国を維持しようという意図があったのではないか。


【写真】湾ねこ SONY DSC-RX0  VCT-SGR1

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by kugayama2005 | 2019-08-23 00:00 | 2019日記 | Trackback | Comments(0)

君の名前の意味を聞いたら “山のきつね” まき毛はいかんせん狐色 瞳は草の緑をうつす好奇心。


by kugayama2005