2019年 09月 08日 ( 1 )

◾️壬申の乱と近江荒都


さて、いよいよ柿本人麻呂の宮廷への登場、「近江荒都歌」


場所は、飛鳥浄御原の宮殿、「うののさららサロン」。宮廷歌壇には、かげに額田王が君臨していた。


672  壬申の乱)

680年より前  柿本人麻呂、宮廷歌壇に登場)

◾️近江荒都歌1 (天武天皇の最晩年のころ?)

◾️近江荒都歌2 (万葉集の配列による推定=688年ころ)


以上の妄想は、巡遊神人だった柿本人麻呂が、詩才を認められて朝廷の舎人(下級役人)に採用され、「うののさららサロン」で近江朝への哀悼歌を披露し、たちまち天皇皇后のお気に入りとなった「近江荒都歌1」、


そして、それをさらに精査し、長歌を加えて形式を強化した「近江荒都歌2」という見立てだ。


近江荒都歌1は、おそらく短歌の部分。

近江荒都歌2は、長歌を含めた全体(万葉集に収録されているもの)。


【写真】湾ねこ SONY DSC-RX0  VCT-SGR1

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by kugayama2005 | 2019-09-08 01:56 | 2019日記 | Trackback | Comments(0)

君の名前の意味を聞いたら “山のきつね” まき毛はいかんせん狐色 瞳は草の緑をうつす好奇心。


by kugayama2005