2019年 09月 30日 ( 1 )

◾️鴨山の磐根し枕(ま)ける我をかも知らにと妹が待ちつつあるらむ


この柿本人麻呂の自分自身の死を傷む歌、とされているものが、人麻呂の創作であるとする説を補強するのが、「讃岐の狭岑の島で石中死人を見て作った歌」だ。( )内は意訳。


◾️(西方から都への帰路、急に吹き出した突風を避けるため、(人麻呂の)船は讃岐の狭岑(さみね)の島に緊急避難する。そこで(人麻呂が)見たものは)


波の音繁き浜辺を敷栲の

枕になして荒床にころ伏す


(往き倒れの死人だった。ああこの男の家を知っていれば、行ってこの事態を知らせることもできように。この男に妻がいるならば、この場所を訪ねることもできように。しかし、道もわからず妻や家族は、ただこの男の帰りを心塞がれて待ち焦がれているのだろう)


◾️浜辺を枕になして荒床にころ伏す


「ころ伏す」というのは、単に転がって寝ているという意味ではなく、死んでいるということだそうだ。


往き倒れの死者に対する哀悼は、鎮魂の重要な要素らしいが、ここの人麻呂の体験は、もっと個人的な詩人の魂の震えだろう。このように、「私(人麻呂)も誰にも知られず死ぬのだ」、そう直感したに違いない。


以下の人麻呂自傷歌と比べて、死ぬ場所が違うだけで、しかも「狭岑(さみね)の島」と「石川の峡(かひ)」は、狭・峡と通じている。


◾️鴨山の磐根し枕(ま)ける我をかも知らにと妹が待ちつつあるらむ

◾️今日今日と我が待つ君は石川の峡(かひ)に交じりてありといはずやも


人麻呂が往き倒れの死人(おそらく水死して打ち上げられたのだろう)と出会った狭岑(さみね)島は、現在の坂出市にある沙弥(さみ)島だそうだ。埋め立てによって陸続きになっている(地図の⭕️印)。


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by kugayama2005 | 2019-09-30 22:05 | 2019日記 | Trackback | Comments(0)

君の名前の意味を聞いたら “山のきつね” まき毛はいかんせん狐色 瞳は草の緑をうつす好奇心。


by kugayama2005