<   2019年 04月 ( 30 )   > この月の画像一覧

◾️呪から法


列島に長く存在した「玉」への信仰に、金属器が加わったのが、天孫の創成期だったのは興味深い。


銅製品(銅鐸・銅矛)は、組織的な水田稲作と並存して輸入されたのだろう。しかし、実用性に欠けるので消滅。一方、銅鏡は、ヒミコの趣味に合致したことをみても、女性に好まれて蒐集品として残った。(岩屋に隠れたアマテラスの興味を引くためにも大量の銅鏡が使われた)


大陸の銅製品は、本来、呪力を発揮するものなのだが、列島ではさっぱりその意味が解されず、ほぼ同時期に現れた鉄器の実用性に注目が集まる。


高天原では銅鏡を祀っていたが、下界は鉄器の時代になっていた。大型の墳丘の造成には、鉄器が不可欠ではないか。そういう意味では、現代もまだ鉄器時代の真っ只中と言える。


さて、またスサノオに戻る。自分の子をアマテラスに押し付けて天孫の後継者となし、はじめて姉に勝つことができたスサノオは、大暴れをする。


春には姉アマテラスの神田に「シキマキ」をした(シキマキとは田畑の所有者が種まきをした後を覆土し、自前の種をまいて横領すること)


姉の田の水路を埋め、畦を壊して、水田の機能を破壊


秋には馬を田に乗り入れて、収穫物をめちゃくちゃにしたり、横領をした


姉アマテラスが新嘗祭を行なっている部屋にウンコをした


姉アマテラスが神聖な機織り部屋に行ったので、馬の生皮を投げつけた


このようなスサノオを、アマテラスでさえ呪力で制することができなかった。タカマガハラでは、そのような事態が想定されていなかった。


おそらく日本の古代法制の教科書には欠かさず登場する、罪と罰の誕生なので興味は尽きないが、マックス・ヴェーバーは、


◾️家長の懲罰権の及ぶ家支配の内部では「刑法」は存在しえない


と説いているようだけど、ヴェーバーの言ってることは平凡かもしれないが、


スサノオの、「姉の水田を破壊し、収穫物を蹂躙する他」の行為に対して、家長アマテラスの懲罰権が及ばなかった、という事実は、アマテラスのみならずタカマガハラを震撼させる大事件だったのだ。したがって、神々(タカマガハラ支持の有力者)は、スサノオに罪を着せ、贖罪させ、ヒゲと手足の爪を抜き、根の国のさらに外に重追放としなければならなかった。つまり、タカマガハラが普通の国になった瞬間だ。


これら罪については、「大祓(おおはらえ)」に細部が示されているので、実はある時、「字で読むのではなく実際の大祓を聴いてみよう」と思って、さる格式の高い大祓を聴いてびっくりしてしまった。すっぽりとその罪の部分を無視しているのだ。


【写真】春の花ばな/OLYMPUS PEN-F/LEITZ CANADA SUMMICRON-R 90mm F2


e0022344_07341638.jpg












by kugayama2005 | 2019-04-30 05:17 | 2019日記 | Trackback | Comments(0)

◾️玉から金属


高天原周辺には、製鉄があった可能性がある。後に秦氏(辰韓)から輸入した、北方系の板状鉄材とは違う。南伝のタタラ製鉄である。


日常的に火山を見ていれば、高熱が岩をも溶解し、冷却すれば再び形成される、という事実が了解される。


ヤマタノオロチ伝説は、タタラ製鉄を隠蔽するためのものという説もある。スサノオが追放されてやってきたのは、出雲である。山谷に這う大蛇、頭と尾が8つ、目が赤く光っている。これがタタラ製鉄の現場だ。


出雲と言っても、島根県ではない、おそらく最初は日向どこかだ。スサノオは高天原では父母や姉の憎悪の対象だったが、俗世では辣腕だった。おそらく、秘儀のタタラ製鉄で活躍したのだ。


スサノオは「カラクニの島には金銀がある」と言って、将来の(金銀を運ぶ)造船のために植林事業をしている。


また、姉アマテラスとの間にできた(実際は姉の養子にしてもらった)3人の娘は「ムナカタ3神」となっている。すなわち、大陸貿易を秘匿裏に展開する、独占的ネットワークだ。


結果的には、北方系の鉄材を入手する方が簡単だったのだろうか。


ここで考えると、土器の焼成と、金属の精錬は同時進行したのではないか。縄文土器の野焼きでも、金属は抽出できる。しかし、高温釜(炉)なら、砂鉄や鉄鉱石を精錬できる。


高温釜(炉)は弥生式土器を大量生産できたと同時に、金属生産にも応用できたはずだ。自然給気を、フイゴを使った強制給気に変えれば、刀匠が日本刀を製作する過程と変わらない。


【写真】春の花ばな/OLYMPUS PEN-F/LEITZ CANADA SUMMICRON-R 90mm F2


e0022344_07334234.jpg












by kugayama2005 | 2019-04-29 12:28 | 2019日記 | Trackback | Comments(0)

◾️火山から低山

アマテラススサノオ


父や姉の怒りを買い、追放されたスサノオが(父親の老境を見越して)高天原に回帰し、


姉アマテラスと一時的に和解

誓約によって子どもを交換

姉を威圧して岩屋に引きこもらせ

再び追放される


というプロセスは、天の岩戸事件がドラマチックに推移するために、本質がぼかされている。アマテラス側の伝承だから。


実態は、スサノオが根の国でつくった子らを、老境の父のイザナギと姉アマテラスが、制度的に認知したということだろう。そうしなければ、相続人がいなくなってしまう。(母を同じくする兄妹・姉弟婚は、古代でも強い禁忌であって、「日本書紀」でもアマテラスとスサノオの誓約は、「川をへだてて」行われた、とわざわざ書いている)


アマテラスの養子(弟スサノオの実子)で、アマテラスを継いだ者を「正哉吾勝勝速日天忍穗耳尊」(まさかあかつ かちはやひ あめの おしほみみの みこと)と言う。


名前の根幹は、「オシホミミ」だろう。仮に、「威力あるお体」と訳すと、それでは、


◾️まさかあかつ かちはやひ


という異様の感のする尊称は、何か?

「まさに勝った、われは勝った、昇日のごとく勝った」ということになる。


勝ったのはスサノオだろう。姉に自分の子を押しつけて、後継者にしたのだから。


スサノオは再び追放されたのではなく、引き上げていった。事業家として成功していた彼は、忙しかったのだ。そして、これからの時代は、聖山を降りて市井に暮らすしかないという事実を示したのだろう。


さて、「まさに勝った、われは勝った、昇日のごとく勝った、威力あるお体のミコト」は、威勢のいいのは名前だけで、実権は「妻の父」(タカミムスビ)に移っている。


このタカミムスビが、孫のニニギを天孫降臨させることにし、アマテラスも同意の印として三種の神器を渡す。言ってみれば、神話のハイライトでもあるけれど、ここをもって天孫神話は終焉し、出雲神話に引き継がれる。


【写真】春の花ばな/OLYMPUS PEN-F/LEITZ CANADA SUMMICRON-R 90mm F2


e0022344_07330621.jpg













by kugayama2005 | 2019-04-28 00:51 | 2019日記 | Trackback | Comments(0)

◾️火山から低山


アマテラスが、いち早く人格神祖先神と位置付けられた

その他の「荒ぶる山河の神」は、遅れて人格化し、豪族の氏神となった


以上は、湯浅泰雄氏が指摘したところだけれど、「アマテラスの人格神祖先神化」は、神武のエクソダス(出九州)とともに自覚化された、と言い換えられる。


その「アマテラス体験」は、太陽神と巨大火山信仰が直結し、母イザナミが火の神を産んで焼死し、陥った黄泉の国とも通底している。


スサノオ(アマテラスの末弟)は、父母から憎まれ、追放され根の国に流されるが、そこでも受け入れられずに、泣き暮らしていた。父イザナギに「なぜ泣く?」と問い詰められ、「母イザナミのいる黄泉の国に行きたい」と答えると、マジギレした父イザナギに見放される。


イザナギは愛妻イザナミが愛おしく、黄泉の国まで追いかけて行ったが、イザナミは「もうあなたの子は産みたくない」と拒否。


一方、長姉アマテラスは、もうひとりの弟ツクヨミ(月夜見)とも些細なことで大げんか。「お前とは一生会いたくない」と、弟を夜の世界に追放してしまった。


末弟スサノオは根の国に追放されていたころ、「姉アマテラスにあいさつに行く」と称して、天への道をズカズカと登ってきた。父イザナギは老いて余命いくばくもない。アマテラスは弟の反乱と見て、男装して三本の剣を持ち、弓に矢をつがえて弟スサノオをギリギリ詰問した。


スサノオは「宝の玉を姉上にさしあげたいだけ」と真心を披露して、姉アマテラスに誓約した。(誓約とは結婚のことという解釈がある)


しかしスサノオがおとなしかったのは最初だけ。耕作地をめちゃくちゃに壊し、あげくの果てに、姉アマテラスの神聖な機織り小屋の天井に穴を開け、アマテラスめがけて馬の生皮を投げつけた。


アマテラスが岩屋に引きこもってしまったのは、そのためである。結果、スサノオは手足の爪を抜かれて、重追放となった。


これが神話の核心であり、巫女に降りたアマテラスが独白したのだろう。巫女はヒミコのような、類まれな呪者であり、ほとんどアマテラスそのものだった。


高天原=高地にある聖地

根の国=山麓の村

黄泉の国=遠方の汚れた土地


と解釈すれば、アマテラスの居所はきわめて限られた場所だったといえる。


【写真】春の花ばな/OLYMPUS PEN-F/LEITZ CANADA SUMMICRON-R 90mm F2


e0022344_07323184.jpg













by kugayama2005 | 2019-04-27 03:10 | 2019日記 | Trackback | Comments(0)

◾️火山から低山


まじめな話、火山信仰というのは、もののことわりに合っています。なぜなら、有機物の誕生は、地殻の活動と関係があるからです。


南下・西進した縄文人にとって、富士から阿蘇の間は、信仰に値する火山の少ない不毛の地。


日本書紀の第1巻の前半は、ある巫女に降りたアマテラスよる、口承だろう。アマテラスとスサノオの確執など、空想ではなく、一族に訪れた大きなストレスを感じさせる。


火山の近くでは、生活域が一瞬にして失われるような災害は珍しくない。大災害の後、生き残った人々が各地に移動して、火山信仰は、おとなしい低山への信仰に変化していったのかもしれない。


古代日本人が、例えば阿蘇山を父祖の地として述懐する、というような場面はない。古代天皇も、ひたすら熊襲を攻撃するのみで、そこは荒地であり、旧懐の対象ではない。


初代天皇の事績は、いきなり脱九州から始まる。南下・西進した縄文人の子孫らに、大きな挫折があったことが想像される。


(事実から言えば、九州南方の海底にある鬼界カルデラは、7300年前に爆発的噴火を起こし、九州中南部の縄文人は全滅した。中小規模の噴火は、断続して続いた。そのことが、火山に対する畏怖、信仰と、反対に恐怖、拒否に結びついていてもおかしくない)


【写真】春の花ばな/OLYMPUS PEN-F/LEITZ CANADA SUMMICRON-R 90mm F2


e0022344_07314431.jpg












by kugayama2005 | 2019-04-26 01:52 | 2019日記 | Trackback | Comments(0)

いや、ちょっと書きすぎとは思いますが、ここは妄想の取りまとめですから。


◾️火山から低山

◾️玉から金属

◾️呪から法

◾️水田稲作という管理社会と統治

◾️部民から貴族

◾️クニグニと統一国家


【写真】

春の花ばな/OLYMPUS PEN-F/LEITZ CANADA SUMMICRON-R 90mm F2


e0022344_07174821.jpg













by kugayama2005 | 2019-04-25 03:02 | Trackback | Comments(0)

◾️三種の神器を持っていたのか神武天皇


さて、問題は、脱九州の神武天皇である。大阪湾で上陸して、奈良入りするのが理想だが、ナガスネヒコに阻まれる。長兄が矢を受け、一月後に紀の国で亡くなる。


紀の国の海岸線に沿って南下。次兄と三兄が事故で亡くなる。


熊野で上陸し、艱難辛苦のすえ、奈良盆地の南辺にたどり着く。


再びナガスネヒコとの戦闘になり、その結果、


ということは2019-04-03に書いたけれど、神武天皇もナガスネヒコも同じ「アマノハハヤ」(蛇神の呪がかかった矢)などを印として持っていたので、同族と判明した。


そのこと自体は、神武天皇も認めたのだが、神武は自分は天孫であり、ナガスネヒコは天孫に仕えるべき者だと主張し、ナガスネヒコを排除した。


ここで神武天皇が、自分が天孫であることの証明に、アマテラスが下した「三種の神器」の存在をほのめかさなかったのは何故だろう。


三種の神器の銅鏡・銅剣は、「アマノハハヤ」に比べて、


新しすぎる

外国製である

九州ヤマト国の話であって畿内ヤマトには関係ない


ということもあるが、根本的には、ナガスネヒコは、「天孫降臨」について何も知らないのだから、


神武天皇が「曽祖父(ニニギ)が天から降臨した際、祖母(アマテラス)から託された天孫の印だ」ともし力説しても、ナガスネヒコとしては、


天孫とか言ってもせいぜい曽祖父の時代とは、あまりに最近すぎる

降臨するに際して下すに、最近外国から入手した銅鏡や銅剣ではなく、「アマノハハヤ」を凌ぐ秘印はないのか


(アマテラスはナガスネヒコらの父祖ニギハヤヒに「十種の神宝」を授け、ニギハヤヒは河内に飛び降りたーーーと偽書とされる先代旧事本記には書いてあるらしいが、


◾️ニギハヤヒは天孫よりも古い時代に、3種を大幅に上回る10種の神器を、アマテラスからいただいて、河内に降り立った


という主張であり、ナガスネヒコを排除された悔しさに満ちあふれているのではないか。ナガスネヒコの部下は神武天皇に投降し、物部氏となった)


ナガスネヒコは、神武天皇が主張する天孫降臨説は寝耳に水であり、うまく反論できなかった。神武天皇が証拠に「三種の神器」を見せれば納得しただろうかというと、そうは思えない。神武天皇も、銅鏡が「ヒミコの趣味」であり、最近は銅鏡を壊して銅剣に改鋳していることも周知の事実だから、「三種の神器」を持っていたにせよ見せなかっただろう。


ヒミコとアマテラスを結ぶ「鏡」の線が見え隠れしている。


【写真】植物園

 EOS 5DS R/Apo-Makro-Planar T* 4/120


e0022344_14262794.jpg












by kugayama2005 | 2019-04-24 00:48 | 2019日記 | Trackback | Comments(0)

◾️三種の神器を持っていたのか神武天皇


神武天皇の本名は、彦火火出見(ひこほひでみ)という。火火出見とは、火山信仰であろう。


以前も書いたが、ニニギの息子(海幸)の本名も彦火火出見(ひこほほでみ)。母はコノハナサクヤ姫(富士山の神)。


昨日書いた、

高千穂に、アマテラスが孫(ニニギ)を天から降下させた。高千穂とは、私的妄想によると阿蘇山


ということを拡張すると、天孫2代目ほほでみ(海彦)は、母が富士山噴火の女神コノハナサクヤ姫であり、自身と孫(神武天皇)が、コノハナサクヤの山岳信仰を汲む、彦ホホデミなのだ。


なお、コノハナサクヤの「木の花」とは、桜のことという説がある。そして、出身地は鹿児島とすれば、生誕地の聖火山は、桜島ということになる。


アマテラスという天上の火のシンボル、コノハナサクヤという富士、阿蘇、桜島の地上の火のシンボル。つまり女神の独占なのである。(アマテラスはコノハナサクヤの義祖母)


だから、なぜ、彦ホホデミなのかというと、彦(男子の美称)をつけておかないと、女性と勘違いされるからではないか。


【写真】植物園

 EOS 5DS R/Apo-Makro-Planar T* 4/120


e0022344_14252832.jpg












by kugayama2005 | 2019-04-23 01:38 | 2019日記 | Trackback | Comments(0)

◾️天孫降臨以前


高千穂に、アマテラスが孫(ニニギ)を天から降下させた。高千穂とは、私的妄想によると阿蘇山である。阿蘇山以外にありえない。


西に向かって移動した列島人は、アサマ山を信仰していた。富士山も火を噴くアサマ山である。ところが、そこから尾張を経て、いくら西に行ってもアサマ山はない。ただののっぺりした山ばかり。

 

日向の国を望見した時、彼らはついに発見したのだ。激しく燃える神の山、阿蘇山である。


すでに有力な氏族が誕生していた中部以北九州にも、まだ空隙はあった。阿蘇山ぞいである。しかし熊襲国の辺縁にあたるため、以後、領土問題を引きずることになる。撤退(東遷)の原因にもなる。


日本書紀などに残されている「神代」の天孫降臨以前の神話は、ある一人の巫女の独白したものが原型ではないか。その巫女に降りた神は、アマテラスである。


本来、アマテラスの独白なのだが、伝承は客観描写風に改編されている。


アマテラスの父母は、この世で初めてセックスをして子どもを産んだ。(それまでの神は男の単性で、自然陽気から生まれた)。アマテラスはその長女であり、父母の事績、弟(スサノオ)との確執について、巫女を通じて証言したのだ。


ということは、この巫女はありふれた巫女ではない。この巫女はアマテラス的事情を知るものであり、強引に言えば、アマテラス本人かもしれない。九州ヤマト国の成立にも関わっているはずだ。


【写真】植物園

 EOS 5DS R/Apo-Makro-Planar T* 4/120


e0022344_14243034.jpg












by kugayama2005 | 2019-04-22 00:39 | 2019日記 | Trackback | Comments(0)

◾️三種の神器


言わずと知れた、

曲玉

であり、アマテラスが、下界の世の中がまあまあ安定してきたので、孫のニニギを降臨させることにした。その時に持たせたのが、玉、鏡、剣だという。


藤原不比等らの創作が含まれている、という説がある。玉はもともと含まれていなかったが、不比等らが挿入したのではないか、とも言う。


金属の鏡や剣は、もともと列島にはなかった。したがって、葦原ナカツクニに何度も天から先遣隊を送り込み、さて頃合いかという時に、鏡と剣を持たせて孫を派遣したアマテラスさんって?、ガイジンなの?、という疑問が浮かんでしまう。


銅鏡銅剣が列島に持ち込まれ出したのが、紀元前200年くらいとして、そうだとすると、アマテラスはたいへん最近の神さまになってしまう。


天孫降臨が、もっともっと古い時代だということに即すと、アマテラスは大陸の異国から銅鏡銅剣を調達していたことになる。


日本書紀編さん時にも、そのことが問題になったのだろう。アマテラスの時代に、銅鏡銅剣があったのだろうか。しかもそれらは、天孫と他の(天孫に仕えるべき)有力者を区別する、最重要アイテムなのだ。


そこで、曲玉というわが国最古の宝を、付け加えた(のではないかという説もある)。


剣については、天皇さえもその実物を見てはいけない。しかし、ある者が盗み見たところ、それは銅合金の矛だったという。見てはいけないということは、もしそれを見ると、たちまち「アマテラスの時代にこんな剣があった?」という疑問がふつふつと湧いてしまうからなのだろう。


【写真】植物園

 EOS 5DS R/Apo-Makro-Planar T* 4/120


e0022344_14233419.jpg












by kugayama2005 | 2019-04-21 03:30 | 2019日記 | Trackback | Comments(0)

君の名前の意味を聞いたら “山のきつね” まき毛はいかんせん狐色 瞳は草の緑をうつす好奇心。


by kugayama2005