承前:

前出、伊波普猷の紹介している「モー遊び」の記事の初出は「苦の島─琉球と八重山島の話─」/太陽/1926年だということだが、そのような歌垣が当局によって禁止されて、その伝統も消えるとともに人の郷土への心が離れ、多くの沖縄人がハワイや南米に移住して行った、と伊波普猷は書いている。 ↓ (いh Iha Fuyu, served as the director of the Okinawa Prefectural Library at that time/Wikimedia commons

2026日記【103】境界と自由1719_e0022344_15044213.jpeg












# by kugayama2005 | 2026-04-13 17:00 | Trackback | Comments(0)

承前:

さてそれでは、「歌垣」がいつどこで行われていたのか。長江最上流から雲南地方のリス族、東南アジア高地に住む人びと、フィリピンやインドネシアの一部などで現在も「歌垣」が行われているという。しかし複数の男女が対面して歌と踊りで掛け合いをする、というのは世界的に珍しいことではないはずだ。 ↓1963年/打歌/僳(リス)族/Wikimedia commons

2026日記【102】境界と自由1718_e0022344_15503504.jpeg













# by kugayama2005 | 2026-04-12 17:00 | Trackback | Comments(0)

承前:

沖縄語もヤマトとあまり変わらない。

 Tinga=天河

 Shima-yuku=島横

 tachi wakati=立ち別ち

 asiba=遊ぼう

↓ Ryukyu dance before January 1947/Wikimedia commons

2026日記【101】境界と自由1717_e0022344_13143517.jpg
















# by kugayama2005 | 2026-04-11 17:00 | 2026日記 | Trackback | Comments(0)

承前:

そういえば伊波普猷の紹介している「モー遊び」の歌というのがあって、

 Dika yo! Tingaraya (さあ、天の河は) 

 Shima-yuku ni natayi(島の横に傾いて来たし、) 

 Cya tachi wakati(今宵は一まず解散して、) 

 Achan asiba.(明晩もまた遊ぼうよ。)

という。「モー遊び」のモーは、古代日本語の「毛」が「毛の国」になり、現代でも「こうづけ」「しもつけ」になった「毛」すなわち草原で、沖縄では芝原を意味するらしく、つまり芝原での若い男女の歌と踊りの社交クラブ(歌垣)だ。 ↓昨年の挿し芽がのびて若葉が出た欅/■Apo-Macro-Elmarit-TL 60/f2.8 ASPH./Leica TL 

2026日記【100】境界と自由1716_e0022344_09151887.jpg









# by kugayama2005 | 2026-04-10 17:00 | Trackback | Comments(0)

承前:

「男も女も、すべて世の中の面倒な垣根をなくして、自由に相逢うことが出来る、そうした意識が昔からあった(早川孝太郎/「花祭」)」というような視点も、地元の人ならではだろう。要するにそこには古来の「歌垣」が潜んでいる。↓ 百日紅、実生二年目/■Apo-Macro-Elmarit-TL 60/f2.8 ASPH./Leica TL 

2026日記【099】境界と自由1714_e0022344_09140487.jpeg







# by kugayama2005 | 2026-04-09 17:00 | 2026日記 | Trackback | Comments(0)

君の名前の意味を聞いたら “山のきつね” まき毛はいかんせん狐色 瞳は草の緑をうつす好奇心。


by kugayama2005