承前:
さてそれでは、「歌垣」がいつどこで行われていたのか。長江最上流から雲南地方のリス族、東南アジア高地に住む人びと、フィリピンやインドネシアの一部などで現在も「歌垣」が行われているという。しかし複数の男女が対面して歌と踊りで掛け合いをする、というのは世界的に珍しいことではないはずだ。 ↓1963年/打歌/僳(リス)族/Wikimedia commons
承前:
そういえば伊波普猷の紹介している「モー遊び」の歌というのがあって、
Dika yo! Tingaraya (さあ、天の河は)
Shima-yuku ni natayi(島の横に傾いて来たし、)
Cya tachi wakati(今宵は一まず解散して、)
Achan asiba.(明晩もまた遊ぼうよ。)
という。「モー遊び」のモーは、古代日本語の「毛」が「毛の国」になり、現代でも「こうづけ」「しもつけ」になった「毛」すなわち草原で、沖縄では芝原を意味するらしく、つまり芝原での若い男女の歌と踊りの社交クラブ(歌垣)だ。 ↓昨年の挿し芽がのびて若葉が出た欅/■Apo-Macro-Elmarit-TL 60/f2.8 ASPH./Leica TL

承前:
「男も女も、すべて世の中の面倒な垣根をなくして、自由に相逢うことが出来る、そうした意識が昔からあった(早川孝太郎/「花祭」)」というような視点も、地元の人ならではだろう。要するにそこには古来の「歌垣」が潜んでいる。↓ 百日紅、実生二年目/■Apo-Macro-Elmarit-TL 60/f2.8 ASPH./Leica TL
ファン申請 |
||