承前:

実は綱吉が実施した「鷹狩禁止令」も、犬食との関係があるというから目から鱗。(先掲「生類をめぐる政治 元禄のフォークロア」/塚本学/による)

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というのは、鷹を飼育するための餌に犬肉を使うのだそうだ。どの藩でも鷹を飼うが、その餌にするために農民の犬飼育を義務化し、犬の上納を求めたらしい。犬は鷹の餌になったが、余った犬肉や、鷹の餌に不適切だった犬はおそらくニンゲン様の胃袋に入っただろう。農民に対しては、納められた犬の毛皮を返却したという。

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それが後に金納や米納になり、なんのことはない単なる増税なのでうまく機能せず、犬の買上制になった場合もあったらしい。そうなると農民の方も抜け目ない者がいて、上納する犬を帰って来るようしつけ、同じ犬の上納を繰り返して稼いだという。

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↓ お月様が真昼になって、でんぐり返しの奴が目醒めた。

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JAXAの写真










# by kugayama2005 | 2024-02-27 17:00 | 2024日記 | Trackback | Comments(0)

承前:

大名行列も沿道へのアピールとともに、投資効果の改善が課題となった。当初は短い区間を駅伝方式でつないだが、それでは経費も手間もかかりすぎる。したがってできるだけ通しで運用するようになると、今度は人間への負担が重くなる。その結果、人材派遣に頼る。

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大名行列が江戸入りする際の行程が、観衆も多く重要だったので、江戸から人材を雇い上げた。おそらく、江戸在住の下級武士の家来(奉公人すなわち奴さん=ヤッコの語源は「家つ子」らしい)が出張したのだろう。

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戦争がなくなったので、下級武士は義務でもある家来の雇用が負担になっていた。江戸の下級武士の家来(奉公人/奴さん)は、短期契約が多かったようで、そのため奴さんどうしの情報交換が活発化、結束も固かったという。少なくとも江戸では、士農工商穢多非人という組織された階級は、奴さんによって流動化していた。

↓ 昭和10年に再現された奴さん(箱根町観光協会)

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# by kugayama2005 | 2024-02-26 17:00 | 2024日記 | Trackback | Comments(0)

承前:

さても荘重な大名行列の中に、トリックスター的「奴さん」がいて、普段は槍持ち、笠持ち、箱持ちなのだが、繁華な街道や他の行列と行き合う時に、

◼️馬鹿げた歩き方をする。一歩踏み出すごとに足を(後方に)尻につくほど上げ、同時に片手をずっと前方に突き出す。まるで空中を泳いでいるように見える。そして槍や笠や箱を動かす(ジャクリングの要領?)。そして滑稽なふりをしたり、用心深げな様子をして見せたりする。(ケンペル「江戸参府旅行日記」第五章=街道)

※2人で槍を投げ交わすというのもあったようだが、それは後に禁止されたらしい。これらの「奴さん」芸は、行列見物者に対するサービスなのだろう。

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大名行列というと「下におろう、下に」と先触れされ、人びとは這いつくばったという印象を与えられているが、「下におろう、下に」は御三家御三卿の行列についてで、事実上は、尾張・紀伊に対してのみの話だったようだ。(水戸は江戸常駐、御三卿<田安、一橋、清水>も江戸城内に住居があった)。

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各大名小名にとって参勤交代の道中は、広報活動のチャンスでもあったと思う。

↓ 奴さん

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# by kugayama2005 | 2024-02-25 17:00 | 2024日記 | Trackback | Comments(0)

酒器彩々184

酒器彩々184

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小麦トリオのオデン。竹輪麩、讃岐饂飩、胚芽小麦。調理師は塩麹泥麻呂。

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#iPon

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# by kugayama2005 | 2024-02-25 00:00 | 酒器彩々 | Trackback | Comments(0)

承前:

「カブキ者」の流行は、言わずもがな「出雲のおクニ」のカブキ踊りに触発されたものだろうが、カブキ踊りは「歌舞伎」に転生した。しかし「カブキ者」は後に江戸を追われて、北関東などを流浪する博徒になったという説もある。

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さて、オランダ人ケンペルも大名行列を観察している。その大名行列の中に「奴」がおり、道化的な役割をしていたことが記録されている。以下、ケンペル「江戸参府旅行日記第五章=街道」より。

◼️「(大名行列の武士は)黒一色の絹の服を着て歩き、実に規則正しい見事な秩序を保ち、大勢の集団が騒音も立てずに静々と進んでいく。まことに不思議で賞賛に値する」しかし、

◼️「これと対照的に槍持ちや駕籠かきは、衣服の後ろの裾を非常に高くはしょっているので、褌もじゅうぶんに隠す役目を果たせず、下半身を露わにしているのは笑止である」

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端唄「奴さん」の歌詞は以下の通り。

 「エー奴さんどちらへ行く

  旦那をお迎えにさっても寒いのに供ぞろい

  雪の降る日も風の夜もサテお供はつらいネ

  いつも奴さんは高端折り(たかばしょり)

  それはそうかいなーあーえ」

この「高端折り(たかばしょり)」こそケンペルのいう「衣服の後ろを非常に高くはしょっているので下半身はふんどし以外むきだし」ということ。

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# by kugayama2005 | 2024-02-24 17:00 | 2024日記 | Trackback | Comments(0)

君の名前の意味を聞いたら “山のきつね” まき毛はいかんせん狐色 瞳は草の緑をうつす好奇心。


by kugayama2005