承前:

中国の隋末、隋の沖縄進攻があって、沖縄は唐の時代を含めて大陸との関係を絶ったという説もある。隋書の一節に、隋の一軍が「リュウキュウ」に到達したが会談は決裂し、「布甲」(主に布製の甲冑)を取って帰国した。その布甲をたまたま隋に来ていた倭国の使者に見せると「邪久國人所用也(ヤク国人の使うものだ)」と言ったという。その倭人は、小野妹子の遣隋使の者だろう。「ヤク国」というのは屋久島を含む南西諸島で、隋が到達した「リュウキュウ」と、倭国の遣隋使のいう「ヤク国」はほぼ一体と思える。 ↓ 屋久島/Wikimedia commons

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# by kugayama2005 | 2026-03-29 17:00 | Trackback | Comments(0)

承前:

沖縄からの交易船は、室町時代からヤマトに来ていたと言われているが、どうも根拠がわからない。斉明天皇の時代から、タネ、ヤク、アマミの記述が見れれることから種子島、屋久島、奄美大島などが関心の対象であったこと、そしてその島民が平城京に来ていたとすること等が日本書紀の創作であったにせよ、ヤマト朝廷としては友邦として捉えているのだ。奄美大島は琉球だから、沖縄からするとヤマトへは昔から行っていたという感覚で、ヤマトのことを「カマクラ」とも言っている。 ↓種子島/Wikimedia commons

2026日記【087】境界と自由1702_e0022344_13291751.jpeg












# by kugayama2005 | 2026-03-28 17:00 | Trackback | Comments(0)

承前:

月に寄せる歌が多いのは、幽玄な夜間照明でもあるからだろう。それに比べて、星空は季節の移り変わりや、方角を知ったりするために重要だが、どちらかといえば専門知識。方角といえ沖縄の子どもの遊びで、虫をつかまえて「唐はどっちだ、大和はどっちだ」と当てさせるものがあった、と報告されているが、これも唐(明や清)との貿易が盛んだったからだと思う。 ↓Wikipedia commons

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# by kugayama2005 | 2026-03-27 17:00 | Trackback | Comments(0)

「お月さまいくつ?」

 「十日三日」(琉球)

 「十三七つ」(日本)

琉球では明確に「十三夜」の月と言っているが、日本の「十三七つ」に「沖縄童謡集」島袋全発氏は「意味不明」としている。しかし、後に指摘があり「十三七つ」の「七つ」は「七つ時(午後3〜5時)という説が今は一般的らしい。十三夜の月は日が暮れかかる時、美しさを増すのだ。ちなみに今年の十五夜は9月25(金)、十三夜は10月23日(金)。

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# by kugayama2005 | 2026-03-26 17:00 | 2026日記 | Trackback | Comments(0)
承前:

(琉球)「月の可愛いしや 十日(とうか)三日(みか) 女童(みやらび)可愛いしや 十(とお)七つ」(月の美しいのは十三夜 女童の美しいのは17歳)

一方、ほとんど日本全域で知られている「お月様」の歌は「お月様いくつ、十三七つ まだ歳ゃ若いな」であって、「十日三日」(琉球)と「十三七つ」(日本)の微妙な違いがある。 ↓十三夜/Wikipedia commons

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# by kugayama2005 | 2026-03-25 17:00 | Trackback | Comments(0)

君の名前の意味を聞いたら “山のきつね” まき毛はいかんせん狐色 瞳は草の緑をうつす好奇心。


by kugayama2005