久我山散人

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2018年 10月 19日

2018日記【033】沖縄から2 茹じぃまみい

なぜか沖縄に行くのも最後かなと思い、とりあえず那覇でぶらぶらしていることにしました。近くの離島にも行ってみたいとは思いますが、日程が許せば。


飛行機は、潮岬沖から沖永良部島まで、まっすぐに飛びます。船でもほぼ同じコースで、潮岬沖で、「ただ今、潮岬沖、イルカの群れが見えます」などとアナウンスがあると、みんなダッシュで甲板に上がっていった記憶もあります。


飛行機では旅が速すぎますが、上空から島々を眺める楽しみがあります。鹿児島から那覇行きの飛行機の方が、島の数がさらに多いので楽しいです。


【写真】じぃまみい、漢字であえて書くと、地豆です。茹でピーナッツ。


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by kugayama2005 | 2018-10-19 01:37 | 2018日記 | Trackback | Comments(0)
2018年 10月 14日

2018日記【031】西行と源頼朝13

2018日記【031】西行と源頼朝13


私的結論

◇西行が頼朝、秀衡と面会したのは、双方に軍事行動を控えさせるため。後白河院の指示であろう。西行はおそらく平泉で義経にも会っている。


◇頼朝は、秀衡から経済的見返りを得ることで納得していた。義経追討については、安徳帝を殺してしまったことへの非難を避けるためのポーズではないか。ただし、義経を総大将として頼朝と戦う構想(秀衡の遺書)を知って戦略を変えた。


【写真】JR日光線/OLYMPUS PEN-F/LOMO TRIPLE-43 4/40 SMENA


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by kugayama2005 | 2018-10-14 16:42 | 2018日記 | Trackback | Comments(0)
2018年 10月 13日

2018日記【030】西行と源頼朝12

2018日記【030】西行と源頼朝12


1185年 平氏滅亡(西行68歳)

1186年8月 西行、鎌倉で頼朝に会う

1186年秋   西行、平泉で秀衡に会う

1187年10月 藤原秀衡が死去

1189年4月 藤原泰衡が義経を討つ

1189年7月 頼朝、奥州へ出陣

1189年9月 奥州藤原氏が滅亡

1190年2月 西行が死去(73歳)


世の中を思へばなべて散る花のわが身をさてもいづちかもせん


※いづち=何処


【写真】JR日光線/OLYMPUS PEN-F/LOMO TRIPLE-43 4/40 SMENA


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by kugayama2005 | 2018-10-13 05:34 | 2018日記 | Trackback | Comments(0)
2018年 10月 12日

2018日記【029】西行と源頼朝11

2018日記【029】西行と源頼朝11


頼朝から藤原秀衡に宛てた書状の内容。


ー われわれは親しくすべきだが、遠く離れており意思の疎通をはかる機会がない。

ー 朝廷に献上する金や馬は、税であるから余(頼朝)が管理する。今年(1186年)以降、鎌倉から朝廷に転送することにする。

ー これは後白河院のご命令を守ってのことだ。


秀衡からの返事(1186年4月24日鎌倉着)


ー 朝廷に献上する金や馬などは鎌倉に送るので、京都へ転送してください。


西行が頼朝に会い、平泉に向かったのが同年8月だから、事態は微妙に動いていたのだ。


【写真】JR日光線/OLYMPUS PEN-F/LOMO TRIPLE-43 4/40 SMENA


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by kugayama2005 | 2018-10-12 18:40 | 2018日記 | Trackback | Comments(0)
2018年 10月 11日

2018日記【028】西行と源頼朝10

2018日記【028】西行と源頼朝10


京都からながめると、鎌倉の北に平泉という大勢力があることはたいへん都合が良い。しかも、平泉は献金を惜しまず、心は朝廷に向いている。


頼朝からすれば、これは実に面倒なことだ。奥州17万騎という軍事力、水運による経済力は脅威で、手出しは難しい。


そこで頼朝は、平泉が金や馬を朝廷に献上する際、鎌倉を通じて行うようにと通達する。藤原秀衡は意外とあっさりそれを受け入れた。


【写真】遠州鉄道/初秋/SONY DSC-RX0


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by kugayama2005 | 2018-10-11 17:13 | 2018日記 | Trackback | Comments(0)
2018年 10月 10日

2018日記【027】西行と源頼朝9

2018日記【027】西行と源頼朝9


1186年8月16日(旧暦)

吾妻鏡


ー 前夜遅くまで頼朝と語りあった西行は一泊し、頼朝がしきりに引き止めるのも聞かず、昼に御所を退出。


ー 頼朝は銀製ネコのフィギュアを餞別として与え、西行はそれを拝領したものの、御所の門前で遊んでいた子どもに与え、去る。


・・・御所は鶴岡宮の右手奥、金沢街道ぞいにあった。その先は、朝比奈の切り通しを抜けると東京湾に出るが、北へ向かうと中路といって大船方面に抜ける。中路をそのまま行けば、丸子で多摩川を渡り、日光街道とほぼ同じ経路で宇都宮、その先、白河の関まではそう遠くはない。


・・・その同じ道、1189年7月19日、頼朝は奥州征伐に出陣した。


【写真】遠州鉄道/初秋/SONY DSC-RX0


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by kugayama2005 | 2018-10-10 18:47 | 2018日記 | Trackback | Comments(0)
2018年 10月 09日

2018日記【026】西行と源頼朝8

2018日記【026】西行と源頼朝8


いかにも頼朝が偶然に西行を見つけたという記述は、もちろん吾妻鏡の脚色であろう。西行には、幕府側の監視者が密かに付いて、鎌倉入りを知らせていたにちがいない。西行側の同行者にも興味あるところ。


頼朝と西行の会談は、予定されていたものではないか。しかし、鎌倉サイドからしたら、西行との会見があらかじめ頼朝の日程に乗っていたらまずいわけだ。


後白河院、藤原秀衡にともに対面できる西行は、僧にして有名な歌人。頼朝が偶然会ったとして、弓馬の事、和歌の道を問うても不自然ではない。


そもそも、西行がわざわざ平泉にまで行かなくとも、藤原秀衡は砂金の供出には応じていたに違いないので、目的は他にあったのだろう。おそらく、鎌倉幕府が奥州藤原氏を武力攻撃しないよう牽制したのだと思う。


【写真】遠州鉄道/初秋/SONY DSC-RX0


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by kugayama2005 | 2018-10-09 06:47 | 2018日記 | Trackback | Comments(0)
2018年 10月 08日

2018日記【025】西行と源頼朝7

2018日記【025】西行と源頼朝7


1186年8月15日(旧暦)

吾妻鏡


頼朝が鶴岡宮参拝

老僧がひとり鳥居周辺を徘徊しているので怪しむ。

名を確認させたところ佐藤義清、今は西行という。

御所に西行を招いて、歌道と弓馬について問うた。


西行いわく

出家した時、兵法の書を燃やした。

兵法は罪業の原因となるので忘れ去った。

歌は花や月に心が感動する時、31文字で表現するだけのこと。


・・・しかし頼朝の質問は真剣だったので、弓馬の件については詳しく語り、頼朝は側近にすべて記録させた。


【写真】天竜浜名湖鉄道/初秋/SONY DSC-RX0


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by kugayama2005 | 2018-10-08 07:51 | 2018日記 | Trackback | Comments(0)
2018年 10月 07日

2018日記【024】鳥獣、蟲など

2018日記【024】鳥獣、蟲など


台風一過の雲ひとつない晴れた日、開けはなった窓から蜂が一匹部屋に入っていた。朝、ホバリングする蜂に、出口はあっちと言って指さすと、ああそうかという顔をして一直線に出ていった。


【写真】天竜浜名湖鉄道/初秋/SONY DSC-RX0


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by kugayama2005 | 2018-10-07 18:33 | 2018日記 | Trackback | Comments(0)
2018年 10月 06日

2018日記【023】西行と源頼朝6

2018日記【023】西行と源頼朝6


西行1186年、69歳での平泉行きを端的にまとめる。


1 東海道を下り鎌倉で源頼朝に会い、平泉へ。頼朝との際会は吾妻鏡に詳述されているが、西行を美化しすぎの感がある。おそらく鎌倉幕府は、西行になんらかの負い目を感じていたのだろう。


2 平泉では源平騒乱で焼失した東大寺復興のため、砂金の供出を求める。1181年、平重衡が大暴れして火を放った東大寺だが、その復興には後白河院も深く関与している。


【写真】天竜浜名湖鉄道/初秋/SONY DSC-RX0


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by kugayama2005 | 2018-10-06 18:49 | 2018日記 | Trackback | Comments(0)